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滅びの法則

2012年03月09日 18:11

何かと物議をかもした作家の田中慎弥の「共食い」と円城塔の「道化師の蝶」が今年の芥川賞受賞作品に決まったが、その作品の載っている文芸春秋の3月号に面白い記事「日本の自殺再考」が載っていた。この原文はなんと今から35年前の高度成長を謳歌する1975年に発表されたが、この論文が現在の「日本の閉塞感と日本の未来の予言」を的確に述べているとして再度掲載された。

人類の歴史上に様々な文明が起こり、成長し、やがて没落し、消滅して行った。トインビーによれば現在生き残っている文明は西洋文明、近東の正教キリスト教文明、ロシア正教文明、イスラム社会文明、ヒンズー社会文明、中華文明と日本文明の7つの文明であるとされる。日本文明は独立した文明として長い歴史上も生き残って来た。その日本文明が危機的状況にあると言う。

日本没落の予感
現在、日本が震災、津波などの災害による沈没の前に政治的、経済的、社会的に沈没してしまいそうな予感が社会的衰退のムードや社会病理現象として数多く観察される。そこで日本社会の中に観察される没落の諸徴候群と思われるものを諸文明の没落とりわけギリシャ、ローマの没落と比較してみた。
プラトンによればギリシャの没落の原因は、欲望の肥大化と悪平等主義とエゴイズムの氾濫にある。道徳的自制を欠いた野放図な自由の主張と大衆迎合主義が、無責任と放埒とを通じて社会秩序を崩壊させていったというのである。そして崩壊前夜のアテネの状況を目撃して次のように書いた。
「支配者達が自由をふんだんに与えてくれないと、市民達はそうした支配者達を、ものの分からぬ奴、と非難する。他方、市民は支配者達に従順な者を、自ら好んで奴隷になる奴と非難する、父は子に似た者となり、息子達を恐れ、子は父に似た者となり、自分が自由であることのためなら両親に恥じる気持ちも恐れも抱かぬようになり、教師は生徒を恐れてこびへつらうようになり、生徒は教師を軽蔑する。」没落の兆候は数千年の歳月を経ても新鮮さを失わない。

ローマの場合もギリシャと同じで、「市民は無償のパンを要求し、その要求際限なく拡大し、配分可能な経済のパイの枠を超えてしまうならば、唯一の可能な方法は、見せかけだけの分け前の増加であり、実質は同じでも名目だけパイをふくらませて見せる事だった。こうしたパイの分捕り競争が続き、生産性が低下し、富の獲得がうまくいかなくなって不況が発生し、にもかかわらず、大衆がこの事実に目をつぶって身勝手な要求を続ける。エゴの氾濫と悪平等主義がはびこり、民主主義はその活力を失って無秩序と解体をもたらし、悪平等主義による画一化と全体主義の泥沼の中に腐敗して行く。こうして疑似民主主義は没落のイデオロギーとなり、指導者と大衆を衆愚政治の腐敗の中に引きずり込んで行く」という形で栄華を極めたローマも滅んだ。

まさに巨大化した国家がその心臓部の繁栄をもたらし、そして皮肉な事にこの繁栄こそが巡り巡ってやがては、国家の心臓部を衰弱させる事になっている。
文明の挫折と解体は宿命的なものでもなければ、災害や外からの攻撃によるものでもない。没落は、基本的には社会内部の自壊作用によって惹起される。これがエジプト文明、インド文明、ヒッタイト文明、バビロニア文明などすでに滅んでしまった文明の基本的没落の原因である。

文明の没落の歴史を辿ると、その過程で不可避的に発生する文明の「自殺イデオロギー」とでも呼ぶものに遭遇する。それらは極端な平等主義のイデオロギーであると言える。この平等主義のイデオロギーは、共同体を解体し、社会秩序を崩壊させ、大衆社会化状況を産み出しつつ社会全体を風化さし、砂漠化して行く。民主教育の主張者達はエリート教育を差別教育として全面的に否定する。人間の個性化、教育の多様化の重要性を理解せず、しばしば、クラスの平均や底辺に進度を合わせた教育を試みる。その結果、優秀な子供達、努力する子供達は、やる気を失い、いたずらに教室で時間を浪費している。

滅ばぬための歴史の教訓
諸文明の没落の歴史の教訓は、①国民が狭い利己的な欲求の追求に没頭して、みずからのエゴを自制する事を忘れる時に、経済社会は自壊して行く以外にない。②国際的にしろ、国内的にしろ、国民が自らのことは自らの力で解決するという自立の精神と気概を失う時、崩壊せざるを得ない。③エリートが精神の貴族主義を失って大衆迎合主義に走る時その国は滅ぶ。④年上の世代はいたずらに年下の世代にこびへつらってはならない。⑤人間の幸福や不幸は決して賃金や年金の多い少ないや物量の豊富さなどで計れるものではない。

翻って日本の現状を見ると、滅びの法則に当てはまるものばかりである。

国家予算が大赤字だというのに大衆は自分に都合のいい事ばかり要求し、国民年金や医療保険は解決しない。官民を問わず、自分たちの権利を守ろうとするのみか次々と新しい利権を産み出し、勢力を拡大しようとする。政府は金をばらまき(子供手当など)市民へのご機嫌伺いばかりとなり、風あたりの強い政策(八ッ場ダムの中止)はいつの間にか撤回され、赤字を積み上げて行くばかりの疑似民主主義が横行する。

教育は「ゆとり教育」とやらで最低限大人になる前に知らなければならないような知識も教育せず、悪平等を持ち込み、運動会では一等賞もびりもなく、皆んな平等に、勉強でも優劣を付けず仲良くしましょうとうたっている、一方、一旦大学を出るとグローバル化に打ち勝ち世界の激しい競争を生き残り、欧米や台頭する韓国や中国に負けないようにと真反対の事をいう文科省なんか信じられる訳も無い。

新入社員を採用する会社も、自主性があり活発でばりばりと仕事をし、国際的に活躍できる人をとのたまう。初等教育ではのんびりと仲良く、平等にが社会に出れば一変して、競争社会、これではノイローゼになる若者が増えるのもうなずける。

宮沢賢治の「雨にも負けず」の精神程でなくとも、困っている人がいたら助けるという日本人が昔から持っていた優しい心、助け合いの精神が薄れ、明らかに放射能汚染の無いようなゴミでさえ、自分の街へ持ち込むのは嫌だとおっしゃる。表面的にはいい格好をしてても、いざ自分が少しでも我慢、不利益を被るとなると猛反対。

今の民主主義とはみな平等で自己主張ばかり、責任は果たしたくないとの代名詞。
楽して金儲けしたい。人と競争したくない。責任の重い仕事はいやだ。若い頃からのんびりと人生を楽しみたい。ばりばりとは働きたくない。金はくれ、我慢は嫌だの世界。これはユートピアの世界、極楽浄土、現実ではない。これでは日本が沈没する。ああどうしたらいい?
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東北大震災で日本沈没?

2011年07月13日 18:28

ポルトガル大震災に学ぶ

神戸での揺れは船に乗っているが如く、長い横揺れで激しいものではなかった。しかし波のうねりのような横揺れになにかしらとんでもない大地震が起こっているのではないかといういやな予感がした。それが3月11日に起こった東北大震災であった。

神戸、淡路大震災も都市機能を壊滅状態に陥れたが、不幸中の幸い津波に襲われなかっただけ、復興も速かった。今回の東北大震災は地震で家屋が壊されただけでなく、津波に襲われた街は跡形もなく消え去り、がれきの山となってしまった。それに追い討ちをかけるような原発の事故である。この三重の苦しみの中、まだ地震や津波の被害からは遅まきながら徐々に復興してきたが、原発事故だけは短期間では解決できない。原発事故が収束に向わず、いつ終わるともない果てしない戦いがこれから続きそうだという予感が日本の未来を暗くしている。一見のどかに花々の咲き誇る、田園地帯やなにげない里山にも放射能汚染が及び、何十年も立ち入りが出来ず、水田や畑を耕す事もできず、牛や家畜を飼う事もままならず、ましてや人が住む事もできない不毛地帯になってしまった。全く津波ですべてを破壊尽くされたならまだ理解ができるが、のどかな蝶の舞う田園風景が不毛だとは想像できない。
まさに地震、津波、原発事故の3重苦。この先日本はどうなってしまうのだろう。

18世紀のポルトガル。大航海時代の覇権をスペインや英国と争っていた。1755年11月1日、今回の東北大地震と同じ規模のマグニチュード9.0の地震が起こり首都リスボンの85%の建物を破壊しつくした。石作りの民家は倒れ、その下敷きなって数万の市民が生き埋めになった。
さらにしばらくして、海の底が見える程、沖へと引いていた海水が一転、15mほどの大津波と化して、リスボンの街に襲いかかった。浅瀬や空き地などに避難していた生存者は、なすすべもなく怒濤に飲み込まれ、津波だけで1万人の市民が犠牲となった。最終的な死者の総数は6万人に達したとも言われる。一夜のうちに数万人の犠牲者をだし、首都機能は完全に壊滅した。これがリスボン大災害である。
それをきっかけにしてそれまで海上貿易で世界を席巻していたポルトガルは傾き始め、2度と歴史の大舞台には登場しなくなり、凋落してしまった。それだけに留まらず、経済破綻とやらでユーロのお荷物にもななってしまった。

リスボン大地震が起きたときのポルトガルを取り巻いていた状況と、日本の現状はよく似ている。たとえば、もともと大航海時代にスペインと並ぶ強国だったポルトガルだが、地震が起きた当時はイギリスなどにその地位を取って代わられようとしているときだった。一方、日本も東アジアの盟主の座を中国に奪われるかどうかの瀬戸際で、今回の東日本大震災に見舞われた。
つまり、日本もいずれポルトガルのように落日を迎え、二度と経済大国として復活することはないかもしれないというのだ。

ポルトガルはEU諸国ではギリシャ、アイルランドに次ぐ3ヵ国目の財政危機だが、エコノミストの間ではいま、このポルトガルと日本の姿を重ねて、日本もポルトガルのようになるのではないかと危惧する声も出ている。日本がポルトガルの様に凋落していくのか、はたまた第2次世界大戦後の日本の様に再度不死鳥の様によみがえる事が出来るのか、これぞ全てが我々の頑張りにかかっている。

遙か彼方

2010年12月24日 18:49

自信を持って己が道を歩もう

NHKドラマ「龍馬伝」が終わり「坂の上の雲」が再開された。幕末の動乱期と明治維新の揺籃期をみているとあの当時の若者のエネルギーには圧倒される。
当時、日本が世界の中で置かれた状況が現在とは違って情報が伝わりにくいにもかかわらず、日本の隅々にまで危機感を及ぼし、多くの若者が立場こそ違え、真剣になって日本の将来を考えた。

藩という束縛から逃れられなかった長州や薩摩の若者とは一線を画し、藩にとらわれず、「龍馬」という男は日本という国の世界での生き残りを考え行動した。権力の後ろ盾の無い浪人が徒手空拳大きな組織に立ち向かい、過激さを表に出さず、徹底的に話し合い、妥協点を探って大政奉還という大事業を成し遂げた。封建的で権力に弱く、長いものにはまかれろの国民性、今までにこんな人物が日本に居ただろうか?

明治初期はまさに国内では古い制度を壊し、新しい制度をつくりあげるという、古いものと新しいものとのせめぎ合いの時代であった。国外に目を向ければ世界は帝国主義的侵略戦争のまっただ中にあった。「坂の上の雲」はそのような国家存亡の混乱期に危機感を持った松山藩出身の3人の男、正岡子規、秋山好古、秋山真之を中心に若者が情熱と夢を持ってひたすらおのれが道を突き進んだ姿を描いている。

あの当時、多くの若者が危機感を抱きながら、しかし夢と希望を持って全てのエネルギーをおのれが道に注ぎ込んだ。目の色が真剣さと情熱を物語っていた。みんなが必死に生きた。その結果、ちっぽけな東洋の島国、日本が世界のうねりに飲み込まれないで、生き残れた。

今は明治期、戦後と並んで国家存亡の大混沌期である。しかし、昔の混沌期と異なり、日本は押しも押されない経済大国となっている。その大国の精神がバブルの時期に緩みっぱなしになったまま戻らない。自分の利益ばかりを考え、辛抱したがらない、危機感の無い国民。国民に嫌な事も言えず、重要な問題を先送りにして何の決断もできない政治。停滞し長い不況から抜け出せない経済、やる気の無い無気力社員が増え、成果が出せず、競争力を失った企業。研究者にも研究が好きというよりは社会の荒波にもまれたくない安全志向の人間が増えてきた。困った事にがつがつと働きたくないという研究者が増えている。実験科学ではがつがつと働かない訳にもいかない。世界の傾向は益々多くのデータを要求し、ひとかけらの矛盾も無い結論を好む。一流のジャーナル程膨大なデータを積み上げ、詳細な分析を要求される。世界の傾向と日本人研究者の楽をしたいという性格の食い違いがひどくなりつつある。

昔アメリカに留学していた頃の日本は貧しかった。すでに戦後の動乱期を脱して、喰うに困る事はなかったが、生活環境、研究環境では雲泥の差があった。東海岸には日本人観光客など見かけなかった頃である。

アメリカの高速道路ではやっと小さな日本車がちらほらと走り始めだしていた。日本製は3流というレッテルを貼られて、それがまだぬぐい去られていない時代であった。外国生活をして感傷的になっていたせいもあるが、あのちっちゃな日本車が大きなアメリカの車に交じって、走っている姿を見て涙が出て来た。左翼的でこそあれ、愛国心とかいう事とは無縁であったはずだが、国を離れ一人で外国に暮していると、妙に負けてたまるかという気概が沸き、まだ少なかった日本留学生達はなにかと団結したものだった。あの頃の日本人は今の中国人や韓国人の目の色をしていた。お金も大事だったけど、やりたい事をやれる喜びに満ちた目をしていた。

当時の企業戦士達は与えられた仕事を期待以上にこなし、各々の戦場で能力の有る無しを問わず、やってやろうではないかという気概に満ちあふれていた。なによりも同僚と同じ目標目指して働ける事が嬉しかった。目的を達した後、みんなで桜の下で酒を酌み交わす事が楽しかった。
そうこうしている内にあれよあれよという間に、テレビなどの日本製家電もアメリカの市場に溢れ出し、あっという間に日本製がブランドとなっていった。

今はがつがつと働く事がださくて格好悪いと思われている。
今はありとあらゆる事が低迷し、気力の無い無機質な社会になってしまっている。危機感に溢れていたあの頃のエネルギーを取り戻し、中国や韓国に負けない活気に満ちた日本を取り戻す事ができるのであろうか?

まず文句を言う前に個人個人が、自分の持てる力を、目一杯発揮する。これが日本が活気を取り戻し、夢のある将来に向っていける基本ではないだろうか? おのれに与えられた仕事を頑張り成功させ、次の高みを目指して登って行く。そして一人一人の研究者がチャレンジ精神を持ち、いい研究成果を出すように努力する。大きなものにチャレンジすればする程ストレスはかかるものなのである。そのストレスを克服してこそ、成功は訪れる。画期的な万能薬など所詮存在しない。個々の人間が持ち場でこつこつと努力し、その能力を最大限発揮する。そして自信を取り戻す。そうすればいつの間にかあのアメリカ在住当時のように、湧き出るが如く人材が輩出してくるであろう。これが日本再生の一番の近道ではないであろうか?

坂の上の雲を目指してひたすら登って行った明治の若者のような情熱と夢を現在の若者にも持ってもらいたくて詠む。遥か彼方の一陀の白い雲。手を伸ばしても届かない。この坂を上って山の頂に立てばあの雲に手が届くに違いない。

遥か彼方

今は何も考えず、ひたすらあの雲を目指してこの山を登ろう。
沈み行く太陽の光を浴びてあの雲が茜色に変わる前に、陽が傾き山の彼方にその身を沈め、あたりに暮色が漂う前にあの雲に着こう。
いまは何も考えず、ひたすら山を登ろう。日が暮れる前にあの雲に乗ろう。雲に乗れば視界も開け、山の向こうの荒野が見渡せる。さらば未開の地に未踏の道を拓くことができるであろう。
しかし今はなにも考えずにひたすら、汗を流し、息を切らしこの坂を上ろう。あの雲をめざして。



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