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続 蝉のはなし

2009年07月28日 12:46

蝉の嗜好

今日も朝早く蝉の大合唱で起こされた。天気のいい日は夜が明けるのを待ちかねて一斉に鳴き始める。 うるそうて寝られへん。こりゃあ地獄。えんまはんも逃げ出すっちゅうねん。蝉が鳴かない日はベットでうつらうつらしながら今日は雨なんだと安寧の一眠りをむさぼる。極楽、極楽。

今日になってふと気がついた。アパートの前の通りは大きな楠の並木になって多くの緑したたる楠があるのに、よりによってクマゼミの大軍団が鳴いているのは部屋の前にあるたった一本のケヤキの木ではないか。
なんちゅうことすんねん。なんで一本だけケヤキを植えんねん。よりによって俺の部屋の前に。なんか恨みでもあるっちゅうんか。
一匹一匹の鳴き声というより、何百、いや何千の鳴き声が共鳴してワーン、ワーンとうなりとなってケヤキの木から聞こえる。まるで部屋のまえに大きなスピーカーを置いて,大音響で流しているみたいなものだ。めっちゃうるさい。クマゼミの声はシャーシャーと大声で鳴くだけで風流もへったくれもない。せめてヒグラシのようにカナカナカナと切なくなくとか、ツクツクホウシのようにツクツクホーシ、ツクツクホーシスイッチョンとメロデイーをつけて鳴けよ。
 
歩いてくる途中観察してみた。確かに湊川神社横の楠の並木道でも、楠でないているクマゼミはごくわずかしかいない。多く鳴いているのは桜の木であったり、ケヤキであったり。よく考えてみれば楠の樹液なんかおいしいはずがない。楠が殺虫剤の原料になるくらいなのだから。蝉にしてももっと甘い、糖をたくさん含んだ樹液をなめたい。蝉はすべからく甘党なのである。しかし樹液を食するため飼育は不可能だそうである。蝉の種類によって好む樹が違うらしい。東京で主流のアブラゼミは桜の木やトチノキが好きなんだそう。関東の蝉は濃いのが好きで、関西の蝉は薄味が好きということはあるまいが。
 樹木の植生と蝉の分布とで蝉が好む樹木が決まっとん? 面白いがな。
いずれにしても、はようおっちゃんの安眠を返してっちゅうてんねん。
    Revised by native Kansai-ben speaker(8/1/2009)

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淡路島かよう千鳥

2009年07月23日 13:12

源氏の配所、須磨

「淡路島かよう千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守」は淡路島から渡ってくる千鳥の物悲しい鳴き声で幾度目覚めたことかと須磨の関守の心情を歌った源兼昌(平安末期の歌人)の和歌で百人一首にも選ばれている。

須磨は源氏が流され、蟄居し、明石の君に会った場所。その当時の須磨は侘しい、うらぶれたといった感じの寒村で源氏物語にも
「おはすべき所は、行平の中納言の、「藻塩垂れつつ」侘びける家居近きわたりなりけり。海づらはやや入りて、あはれにすごげなる山中なり」とある。
更に「須磨には、いとど心尽くしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり」や「御前にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方の嵐を聞きたまふに、波ただここもとに立ちくる心地して、涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。琴をすこしかき鳴らしたまへるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさしたまひて、「恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ」と須磨の生活の侘しさがうかがえる。

さらに続いて「月いと明うさし入りて、はかなき旅の御座所、奥まで隈なし。床の上に夜深き空も見ゆ。入り方の月影、すごく見ゆるに、
 「ただ是れ西に行くなり」
 と、ひとりごちたまて、
 「いづ方の雲路に我も迷ひなむ
  月の見るらむことも恥づかし」
 とひとりごちたまひて、例のまどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く。
 「友千鳥諸声に鳴く暁は
 ひとり寝覚の床も頼もし」となる。
この源氏物語の一節があって冒頭の「淡路島かよう千鳥」の和歌が詠まれた。
かくに当時の須磨は物寂しい場所でそこに西国への出入りを監視する関所があった。

淡路島
須磨にまでくると淡路島は手に取るように真近に見える。昔は須磨から淡路島に船で渡った。須磨―淡路島ルートは古来より阿波の国(徳島)へいく交通の要所で、淡路島は都の出来事も早く伝わり、今と異なり、想像以上に開けた地であった。
今では明石大橋ができ、車で簡単に行けるため四国への通り道になり、忘れ去られかけている感がある。

秋田からのお客を連れて淡路島の名所,数カ所と明石海峡を訪れた。
①神戸―淡路大震災の爪痕の野島断層。
大きな風車が駐車場の真上にありぶんぶんと風を切りながら廻っていた。当日は強風の荒れ模様の天候で、今にも羽が折れて飛んでくるのではないかと恐怖にかられた。この断層は一万年に一回の頻度でずれているらしく隆起と横ずれの両方が起こると家や立ち木や塀がどんなことになるのかがよくわかる。科学は進んだとはいえ、自然の力は未だそれを凌駕するものがある。科学者は真摯に自然と向き合う必要がある。

②あわじはなさじき。
ここのお花畑はいい。丘の上に作られたお花畑は壮大で、遠くに海と大阪。紀伊が臨まれる。海が無ければ富良野、美瑛と間違えそうなくらい壮大。曇天で時折スコールのような雨が降ってくる。厚い雲の合間から遠く大阪の地が臨まれる。

③明石海峡
岩屋からみた須磨と帰りのたこフェリーからの風景
のんびりと岩屋から明石まで明石海峡をフェリーで帰る。明石大橋の真下を通って明石までいく20分間の船旅。素朴。暗雲たれ込めた空を割ってかかる明石海峡と淡路島。

写真 1風力発電 2 断層 3 地震あとの台所 4 はなさじき1 5 はなさじき2 6 はなさじき3 7 はなさじき4 8はなさじき5  9明石を望む 10 須磨がみえる 11 明石大橋 12暗雲立ちこめる明石海峡

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かなわんわ 蝉がうるさくて

2009年07月16日 12:54


蝉の声で目が覚めた、まだ朝の4時半である。ちょうどアパートの前の通は楠の並木があって、夏の暑い日差しから貴重な影を供給してくれる。数日前までは鳴いていなかった蝉が楠で大合唱を始めた。

めっちゃうるさい。やってられへん。睡眠不足でかなわんわ。そんな朝はやくから鳴かんとき。睡眠不足で肌が荒れたらどうしてくれんの。

クマゼミの大音量の声にこれから毎朝悩まされる事になる。クマゼミは九州や中国地方南部など比較的暖かい気候の地で生息していた蝉である。それが近年は関西地区で大量発生している。

蝉はあの臭いカメムシ科に属し日本で見られる種類としては30種にも及ぶらしい。西日本と東日本で生息する蝉の種類は異なり、小笠原や南西諸島には固有種が存在する。
私が子供の頃よくとった蝉は夏のはじめから鳴き始め小さいニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ツクツクホウシ、やミンミンゼミやヒグラシである。ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミなどはありふれていて採っても嬉しくないし、騒がしいだけの蝉。私が育った西日本ではミンミンゼミやヒグラシは余り平地には生息せず、山間部や高地に分布し、なかなかお目にかかれない蝉であった、これらの蝉が捕れると嬉しかった。特にヒグラシはもうすぐ夏休みも終わり、夏の宴も終わりだよと告げるがごとく悲しげにカナカナと鳴き子供心に侘しさを感じたものだった。

今、蝉の生息分布が変わりつつあるという。クマゼミは今や関東南部から西日本全体に分布する。これも地球温暖化の影響か?昔は特に九州などの温暖な地に分布している蝉であった。しかし 南西諸島にも生息するが奄美の喜界島、奄美大島と徳之島の3島には生息しない。周辺の沖永良部島や与論島ではごく普通に生息するが上記の3島にだけはなぜか分布していない。その理由はわかっていない。
クマゼミのせいで睡眠不足の夏がまた始まる。私の眠りを返してください。神様どうにかしてください。

いずれアヤメかカキツバタ

2009年07月11日 15:12

カキツバタとアヤメと花菖蒲
いずれアヤメかカキツバタと歌われるくらい区別がつかないこの2種に加え花菖蒲を入れた3種を見分けることができる人がどのくらいいるであろうか?
いくら説明され見分け方の文章を読んでも未だにできない花音痴の私です。

下記がその違いの説明。

      花の色   花の特徴           適地
アヤメ   紫     網目模様外側に黄色い模様   乾いた所
カキツバタ 青紫、白  網目無し           水中、湿った所
花菖蒲   紅紫、紫  網目無し           湿った所
簡単に言うと花びらの基のところに、花菖蒲は黄色、カキツバタは白、アヤメは網目状の模様が、それぞれあることで区別できる。野生状態では、アヤメは乾燥する日当りのよい草原に、ノハナショウブは高地の湿原に、カキツバタは低地の湿地水辺に、ヒオウギアヤメは寒地や高地の湿原に生えるのが普通である。

カキツバタ/アヤメ科
植物学者の牧野富三郎博士によれば、カキツバタとは「書き附け花」から転じたもの。「書き附け」とはこすりつけることで、この花の汁を布にこすりつけて染める昔の行事に由来する。アヤメ属共通の特徴は花被片は6個、外側の3個が大きい。裂片は平たく、花弁のように広がる。
カキツバタはアヤメの仲間ではもっとも水湿を好み、水辺に群生することが多い。かきつばた(紫)の花言葉は、幸運。だそうである。これで初めてカキツバタの語源が分かった。
カキツバタで有名なのは伊勢物語の東下りの一文に
 「むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなき物に思ひなして、京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて行きにけり。もとより友とする人ひとりふたりしていきにけり。道知れる人もなくて、まどひいきけり。三河の国、八橋といふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは、水ゆく河の蜘蛛手なれば、橋を八つわたせるによりてなむ八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りいて、乾飯(かれいい)食いにけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上にすえて、旅の心をよめ」といひければ、よめる。
「から衣  きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」
 とよめりければ、皆人、乾飯のうへに涙おとしてほとびにけり。」とあるカキツバタにちなんだ話は有名である。

アヤメ/アヤメ科の多年草
アヤメは山野の草地に生える(特に湿地を好むことはない)。葉は直立し高さ40~60cm程度。花は5月ごろに径8cmほどの紫色の1-3個付ける。外花被片(前面に垂れ下がった花びら)には網目模様があるのが特徴で、本種の和名のもとになる。花茎は分岐しない。北海道から九州まで分布する。葉が並列して立っている姿が文目(あやめ)(紋様)をなすとみなされ、アヤメの名の由来とされている。アヤメにホトトギスは良く似合うとされ古来より和歌に詠まれて来た。
アヤメ(文目=道理)も知らぬ恋。「ホトトギスなくや五月のあやめぐさ あやめも知らぬ恋もするかな」詠み人知らず、古今集
アヤメとホトトギスと雨。「うちしめり菖蒲(あやめ)ぞかをるほととぎす 鳴くや五月の雨の夕暮れ」 藤原良経、新古今集

花菖蒲/アヤメ科の多年草
野生の野花菖蒲を原種として改良された、国産の園芸植物。 葉が菖蒲に似ていて美しい花が咲くことから「花菖蒲」と呼ばれる。カキツバタがすでに『万葉集』のなかで詠まれているのに対し、花菖蒲ははるかに遅れ、鎌倉時代の『拾玉集』(1346)の慈円僧正の歌に初めて名をみせる。
「野沢潟 雨やや晴れて 露おもみ
 軒にそよなる 花菖蒲かな」
これでアヤメ、カキツバタと花菖蒲を間違えることはない?
追記
学生時代から樋口一葉のたけくらべの最後の文に出て来る信如が宗門に入る日に、美登利住む家の格子戸にそっと置いて去った花は花菖蒲だと思い込んでいた。よくよくよんでみると花水仙であったことが判明。思い込んでいるといつまでも違いに気づかない。
「龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出る風説(うはさ)をも美登利は絶えて聞かざりき、有し意地をば其まゝに封じ込めて、此處しばらくの怪しの現象(さま)に我れを我れとも思はれず、唯何事も恥かしうのみ有けるに、或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ置きし者の有けり、誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懷かしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに傳へ聞く其明けの日は信如が何がしの學林(がくりん)に袖の色かへぬべき當日なりしとぞ。」
写真1、2 :カキツバタ  3、4:アヤメ 5、6 花菖蒲
7、8 花水仙

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インパクトファクターから研究の潮流を読む

2009年07月04日 13:40

インパクトファクター

今年も恒例の研究専門誌のImpact factor (2008) の発表があった。昨年と傾向に変わりはなく生物分野(臨床医学を除く)のトップグループをNatureとCellの姉妹紙が独占している。Nature, CellとScienceはいつもながら上位に位置し、Nature (31.434), Cell (31.253), Science (28.103)である。 Natureの姉妹紙は軒並み高くNat Genet (30.259)を筆頭にNat Med (28.103), Nat Immunol (25.113), Nat Material (23.132), Nature Biotech (22.297), Nat Cell Biol (17.774), Nat Neurosci (14.164), Nature Method (13.651), Nat Struct Biol (10.987)とImpact factor 10以上にNatureを含め10誌を数える。一方のCellの姉妹紙はCancer Cell (24.962), Immunity (20.579), Cell Metabo (16.107), Neuron (14.17), Mol Cell (12.903), Dev Cell (12.882), Curr Biol (10.773)とCellを含め8誌に及ぶ。Nature やCell出版社以外のジャーナルでImpact factor 10 以上はJ Exp Med (15.219), Circulation(14.595), Gene Dev (13.623), Plos Biol (12.903), Blood (10.432), Genome Res (10.176) とAm J Human Genet (10.176)くらいなものである。完全にNatureやCell 誌の戦略勝ちである。これらのジャーナルは商業誌であるのに対しScienceは学会誌のために幅広くジャーナルを出すという事ができないというジレンマを抱えている。実際ScienceのEditorはそうこぼしていた。

Natureを出版しているNature Publishing Groupはどん欲で今やNatureという名前がつくジャーナルを20誌出版し、review誌を14出版している。またその領域も生命科学を初めとし、医学、物理、化学、テクノロジー、地球、環境とありとあらゆる方面に及んでいる。Review誌も軒並み高いImpact factorを持ち、Nat Rev Mol Cell Biolの35.423を筆頭に上位を占めている。そのため昔からあったTrendやCurrent Opinion誌などのreview誌はその立場を蹴落とされている格好だ。

昔からあった学会誌や専門誌の凋落ぶりはもっとひどい。PNAS (9.38), J Cell Biol (9.12), Embo J (8.295)。これらは数年前まで10以上のImpact factorを誇っていた。MCB は5.94, JBCに至ってはまさに長期低落で今や 5.52である。

もう一つの傾向は生化学や分子生物学と名をうったジャーナルが敬遠され、がんのような病気を扱った基礎医学誌が軒並みImpact factorを上げている。昔はJBCより低かったCancer Res (7.514)やOncogene(7.216)は今やはるかに上位を走っている。

Impact factorの傾向は世の中の研究傾向を映している。一昔前までは生化学や分子生物学が若者を引きつけ、華やかに脚光を浴びて来た。いまや生化学は古い学問のように思われ、敬遠されている。実際生化学会の会員は年々減少しつづけている。日本では分子生物はまだ頂点を維持しているが、諸外国では完全に機能を扱った細胞生物学や神経科学などにその座を明け渡している。学校での新しい研究室の名も生化学とか分子生物とか言った一般名がつく事はなくなり、より具体的に発生、形態形成とか再生、神経などといった名前が多くなって来た。もう一つの潮流はNat BiotechやNat Methodで象徴されるように新しい技術の開発が注目をあつめていることであろう。

これらのことから時代の流れを読み取る事ができる。研究も人がやることであり、多くが税金を使ってやるということから研究の流行という潮流から逃れる事はできない。研究費の投入もポジションも潮流にのった船にだけに与えられるからである。昔は全く潮流から外れ、漂流していても毎年支給される固定のある程度の額の予算がきた。今はその予算も削られ、潮流に乗れない船の船員は餓死を待つしかない。Impact factorを裏読みすると実に現在の研究のトレンドがうかがわれる。

これから何を学ぶかであるが、航海図の整った流域の潮流にのって、リッチなしかし大勢の中の一員としての研究生活を送るか、難破船となってでも潮流から外れて、新たな航海をして新大陸を見つけるか、それとも餓死するかの冒険の旅に出るのを選択するのは、若者の特権である。
へそ曲がりのおじさんとしては今一度ボロ筏に乗って新たな地を目指して冒険をしてみたい。大きな浪にのまれてしまう可能性は高いが。



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