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最初の生物はどこで生まれたか

2011年08月19日 18:02


酸素の生成と生命の揺りかご

ストロマトライトという原始的な生物をご存知であろうか?30億年前に地球上に出現し光合成を開始して酸素を作り出すようになった藍藻で層を成して集団を作っている。このストロマトライトは古カンブリア期に大繁殖して地球上に酸素が満ち溢れるようになり、生物進化の元になった。そのストロマトライトが西オーストラリアで未だに生息しているという。オーストラリアは大型肉食獣がいなかったおかげで原始的な生物が今も生き残っている。30億年を永々と生きている生命の起源に近い原始的な生物だが進化のきっかけを作ったストロマトライトを見に行きたいという長い間の欲求があるが、オーストラリアでも交通の便の悪いところにあるため、今でもあまり人を寄せつけない。当然行けてない。

生命が誕生したのは酸性できつい硫黄の匂いを発散する地獄の釜のようなとこらったらしい。しかも原始大気には殆ど酸素は含まれていなかった。最初の生命の誕生は現在地球上に生息するほとんどの動植物にとって有害なものばかりでできていた。最初の細胞はどこで誕生したのか。その場所は硫化物を含む熱水の噴き出し口付近ではないかと考えられている。例えばTVで海底の火山の熱水の噴出口の周りに多数の硫黄細菌が生息し、それを出発点とする食物連鎖が形成され、大量の原始的生物が群がっている。丁度そのような場所であろう。そこでの基本的なエネルギー放出反応は天然に広く存在する黄鉄鉱(FeS2)の生成反応と同じであったらしい。つまりFeS + H2S = FeS2 + 2H + 2eである。この反応で放出されるエネルギーを利用すれば、生命にとって不可欠な炭素化合物を作るために二酸化炭素を分解して炭素を作り出す事が出来る。さらにそのような場所は膜様構造の形成にも好都合であったという。黄鉄鉱と熱水が出会う場所で細胞膜に似た構造の自己組織化がおこった。その後登場する脂質を含む本格的な細胞膜はこれを鋳型にして形成されたのかもしれない。
ギラギラと火色に輝く世界の次にやって来たのは光合成色素の色、緑色の世界だった。光が差し込み光合成生物が生きられる場所は全て緑色に変わった。この奇跡を呼び起こした最初の立役者はシアノバクテリア(藍藻)である。当時の大気は二酸化炭素に富み、生物の成育に必要なリンなどの元素も豊富にあった。そして一個一個の細胞が小さな小さな酸素の泡をプクプクと吐きだし始めた。何十億個もの細胞が層をなしてひしめき合い、酸素の泡を水中に放出する。生成された酸素はできた端からどんどんと環境に吸収されて行った。石灰岩は炭酸カルシウムという形で酸素を捕まえた。鉱物の酸化が起こり、酸素は鉄鉱石やさびの中に閉じ込められた。原始大気の組成は今日のそれとは全く異なり、現在の地球上に生息する生物のほとんどに有害であった。しかし莫大な数の小さな細菌が光合成の結果作り出す酸素がじわじわと増え、一方で二酸化炭素は減少した。
明らかに生物が関与した事が分かっている構造物は少しばかりネバネバしたあるいはぬるぬるした膜だった。微生物の群衆からなるそれは、堆積物を覆う薄い皮膜である。これが生命のゆりかごなのである。それらは現在でも熱帯地方の塩辛い浅瀬で見る事が出来る。そのマットを作っている小さな細菌こそ、地球上で最も成功した生き物の藍藻である。
マットの一番上の層は光合成をする糸状や球状の藍藻が絡み合って膜を形成している。酸素はここから放出される。この表面の膜の下には殆ど酸素は存在せず、酸素の無い場所での増殖適した嫌気性細菌が取って代わり、藍藻の死骸を一部食糧にし、食物連鎖を形成している。マットは古い層の上に新たなバクテリアの膜が形成される事で成長する。マットの中に泥も取り込まれ、生命力と泥の混合物として存在する。マットは一層ごとに1、2ミリずつ厚さを増し、ドームを縦に切ると断面は細かい縞模様に見える。これらはストロマトライトと呼ばれ30億年前から存在して来た。

ダウイーンは種の起原で「カンブリア系よりも古い初期の時代に堆積したと思われる地層からは化石を含む層が何故発見されないのか、満足のいく答えを持ち合わせていない」と述べている。ストロマライトを作っている細胞はデリケートな微小なバクテリアで容易に保存されない。ストロマライトを作った光合成細菌の化石が発見されたのは、岩石の薄片標本の中だった。バクテリアのマットがシリカの堆積層に埋もれたおかげで、糸状あるいは球状をした細胞がタイムカプセルに閉じ込められ現在に伝わった。
さらに驚くべき事に、現在も成長を続けているストロマライトが発見されたのだ。それは西オーストラリア州のシャーク湾だった。高さ50センチ程の炭酸カルシウム(石灰岩)が層状化した塚のような円柱が海中から無数顔を出している。オーストラリアは今なお原始的な生物が数多く残存している。更に、もっと複雑な細胞が初めて出現したのはぬめぬめした藍藻マットの中だった。新たに誕生した細胞は内部に独特の構造体を含んでいた。特筆すべきは内部に遺伝情報をもつ細胞核の出現であろう。これまでのバクテリアは全て核を持たない種類のものだった。彼らは原核生物と呼ばれ、分割や分裂で自分自身のコピーを作り出す。ストロマライトのような大きな構造物を作り上げることはできても、個々の細胞の多くは、直径わずか数千分の一ミリ程度の大きさである。一方、核をもつ真核細胞はもっと複雑でその何倍も大きい。大きな細胞の中にはミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官という膜に囲まれた小構造体が出現している。このようにしてストロマトライトの中で生物は進化し、核を始め細胞内小器官を獲得し、更には細胞間接着物質をも作り出して多細胞生物へと急激な進化を遂げる事になる。その原型がストロマトライトである。

参考文献 LIFE An Unauthorized Biography by Richard Fortey
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真夏の夢

2011年08月10日 18:58

旅愁
熱帯夜の続く寝苦しい夜、空想の世界に入って遠い過去を夢見てみませんか?

西域は日本人にとって西洋文明の香りを運んで来る交差路として憧れを感じるとともに、古来より多くの人民が夷狄の征戦に駆り立てられ、2度と帰ってこれなかったことに思いを馳せ、哀愁を持って受け止められて来た。旅に出ると楽しいはずなのにふと寂しさを感じることがありそれを旅愁と言うらしいが、西域は行った事もないのに聞くだけで旅愁を覚える。異国との境界となった関所、特に重要な関として嘉峪関、玉門関、陽関と山海関があり、別れの場所であったり、戦いの場所であったりした。

漢や唐の時代、異民族の侵入に悩まされた漢民族は万里の長城を一層強固にし、度々長城より出て、討伐の遠征に向った。西域への関として玉門関と陽関が置かれ、明代に入って嘉峪関や、北の満州族に対しての守りとして強化され山海衛が設置されて山海関が出来た。
特に玉門関や陽関は出れば茫洋たるゴビ砂漠のみ。古来より多くの詩に歌われ、これらの関を出ずれば二度と帰ってこれないと恐れられもした。

万里の長城の西の果てが甘粛省にある嘉峪関、万里の長城の東の果てで、北京の東を海に突き抜けているのが山海関、更に西域に突き出た甘粛省敦煌市にあるのが玉門関と陽関である。

嘉峪関
西の果てにあるこの関は林則徐がアヘン戦争での責任を取らされ新疆へ流された時に通った関で林則徐はアヘン根絶のためアヘン船を焼き払い、アヘン戦争を起こしたが、英国の攻撃に恐れおののいてしまった西大后は林則徐を罷免し、新疆へ左遷する。林則徐は一人寂しく万里の長城の最西端にある嘉峪関をでて新疆へむかう。関を出たとたん、関の門は閉ざされ、来し方、中原を見やれば目からは涙滂沱たり。

「出嘉峪関感之賦」 林則徐
 一騎 わずかに過ぎれば即ち関を閉ず

 中原 首をめぐらせば涙痕潸(さん)たり・・・

更には
「蹟中作」・岑参(しんじん)

 馬を走らせて 西に来たり 天に到らんと欲す

 家を辞してより 月の両回 円かなるを見る

 今夜 いずこに宿すのか知らず

 平坦なゴビの砂漠は、どこまでも人煙は絶えてない


玉門関
漢や唐の時代、西域に向かうには玉門関と、陽関の2つの関所があり、陽関は玉門関の南にあることから、「陽」の字を付けて「陽関」とよばれた。都、長安からは西へ1,500㎞の距離に敦煌があり、陽関はそこから更に70㎞離れたところにある。更に西に向かうと、井上靖の敦煌にでてくる砂漠の都市楼蘭があった。玉門関を詠んだ有名なものは李白の詩「子夜呉歌」である。

「子夜呉歌」 李白
 長安 一片の月
 萬戸 衣を擣(う)つの聲
 秋風 吹いて盡(つ)きず
 全て是 玉関の情
 何れの日か 胡虜を平らげて
 良人 遠征を罷(や)めん


 陽関
陽関を詠った詞としては王維による七言絶句の名作「送元二使安西」があり、はるばる陽関を越えて西方へ赴任する友人、元二を送る送別の気持ちを歌った。後の時代に楽府に入り「渭城曲」と呼ばれて、送別の曲となった。古くから伝わる琵琶の曲だが、二胡による演奏が多い。「陽関三畳」と呼ばれ故人なからんを三度繰り返す事からこう呼ばれたらしい。

「渭城曲」王維
 渭城の朝雨 軽塵を潤おし
 客舎青々 柳色新たなり
 君に勧む、更に尽せ一杯の酒
 西のかた陽関を出ずれば 故人無からん。

また涼州詞も有名な詞として多くの人に親しまれている。

「涼州詞」 王翰(おうかん)
 葡萄の美酒 夜光の杯
 飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す
 酔うて沙場に臥すとも 君笑うこと莫かれ
 古来 征戦 幾人か回る

いつの日か行きたいと思いつつまだ行けていない。同じように玉門関や敦煌に思いをやる人も多いはず。若かりし頃に井上靖の敦煌を読み楼蘭やさまよえる湖、敦煌にと心を引き込まれた。

パラサイトは手品師

2011年08月01日 19:10

パラサイトの宿主細胞侵入におけるトリック

アマチュアのマジシャンが好んでやるトリックに針を風船を割らないで中を通すというのがある。これとそっくりなことをマラリアなどの原虫が宿主細胞に侵入時にやっている。パラサイトが宿主細胞を傷つけずに侵入するトリックについての論文がでた。少し専門的で難しいのがかいつまんで解説する。

マラリアやトキソプラズマなどのアピコンプレクス寄生原虫は巧妙なトリックを仕掛け細胞内に侵入する。それらは宿主の細胞に入り込み空包で完全に自分自身をシールして細胞構造を壊す事も無い。このプロセスでの中心は強い、動くジャンクションとして知られる構造 (Moving Junction, MJ)の形成で、宿主と寄生体の膜の間にタイトな分子シールを作り出す事である。この論文ではMJのコアーとなる複合体の構造が解かれ、どのようにして接合部を作り出す蛋白質が相互作用するのかという機序が解明された。
 動く接合部は最初血中のマラリアが赤血球に侵入する電顕像の電子密度の高い領域として定義されていた。ここ5年、研究者はアピコンプレクスに共通の接合部を構成する中心的な分子の同定に力を注いで来た。宿主と寄生体の膜を貫くコアー成分は寄生体由来であった。つまり侵入する病原体はリガンドと受容体の両方を作り出し、侵入を容易にする。受容体はアピカル側から分泌されるrhoptriesと呼ばれる小器官である。最近の研究ではrhoptryのneck蛋白質(RON)であるRON2が宿主に注入され受容体として働き, 寄生体側のアピカル膜抗原1(AMA1)と接点を形成していることが分かって来た。一旦接点が構築されるとAMA1-RON複合体はリング状構造を形成し完全に寄生体と宿主の間をシールする。宿主細胞への侵入が完了すると、actomyosinモター駆動によって後方へと移動させられる。

TonkinらはToxoplasma gondiiのRON2細胞外ドメインの遺伝子の欠失、変異体を詳細に解析し、不可欠なAMA1結合ドメイン部位を決め、AMA1-RON2相互作用の構造を解いた。そして、RON2のAMA1結合部位をS-S bridgeの一対のシステイン残基を含むUの形のポリペプチドループと決定した。このシステイン突起は登山用のカムのように働き、AMA1蛋白質の疎水性グローブ内に深く突き刺さる。この埋め込まれた構造は侵入力点としての接合の基礎となる。AMA1-RON2の相互作用の構造解明はマラリアが赤血球へ侵入するのをブロックするいくつかの戦略の分子基盤を与えた。実際、RfAMA1のモノクローナル抗体は有意に侵入を抑制する。
 そしてTonkinらは接合部自身の詳細な性質やいかにしてそれが生じて来たのかの質問にも答えている。まず、RON2は如何にして宿主細胞の細胞骨格内にアンカーしているのか?アピコンプレックスの標的細胞の多様さ(赤血球、肝細胞)を考えるに牽引力を発生するのにはある種のかっちりとしたプラットホーム(細胞骨格)の必要性を示している。マラリアやT. gondiiの侵入中に宿主細胞のアクチンの再構成が起こるという最近の証拠は宿主の辺縁部の細胞骨格とRON蛋白質の間のある関連を意味している。
第2にRON複合体は如何にして移動するのか?これには膜の融合と蛋白質の移動が必要かもしれない、がその詳細は分かっていない。
まだまだ自然界には不可解な多くの現象がある。パラサイトが細胞膜を傷つけずに、内部へ侵入していくのかは長い間不明であったが、パラサイトと細胞の接触面に接合部ができ、間をシールしそれが動いてパラサイトが細胞内に侵入する。つまり寄生体と宿主細胞の接点にゴムのようなパッキンングができ、それによって外界からシールされ、細胞を壊さずに細胞内に潜り込める。
Revealing a Parasites Invasive Trick
Jake Baum, Alan F. Cowman
Science 333, 410-411 (2011)

本文「Host Cell Invasion by Apicomplexan Parasites: Insights from the Co-Structureof AMA1 with a RON2 Peptide. Tonkin ML et al. Science 333, 63-67 (2011)」


図 細胞への侵入
動く接合部(Moving Junction)として知られる構造を作る事によってT.gondiiやP. falciparumが線維芽細胞や赤血球に侵入できるようにしている。各々の寄生体細胞のアピカル端が接合部を形成して、寄生体の表面にAMA1を出し、宿主膜には注入されたRON複合体を含む接合部を作る。
MJ複合体の集合は寄生体のrhoptry neck protein(RONs)を宿主細胞に注入する事で始まる。そこでRON2は膜をまたぎ、寄生体のapical membrane antigen1(AMA1)の受容体として働く。
RONI2は疎水性のグローブに挿入されたループによってAMA1のDIIループと強い結合を形成して、宿主と寄生体の膜を結合させる。Science 333, 410-411 (2011)より。
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