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長谷寺詣で

2012年03月24日 14:20

初瀬詣で

初瀬詣で(長谷寺詣で)は平安時代、貴族のみならず庶民にも人気が高く、長谷寺は多くの人々の信仰を集め、特に女性に人気のあるお寺だった。
長谷寺は奈良県桜井市にある真言宗豊山派総本山の寺で本尊は十一面観音、開基(創立者)は僧侶の道明とされる。
大和と伊勢を結ぶ初瀬街道を見下ろす初瀬山の中腹に本堂が建つ。初瀬山は牡丹の名所であり、当寺は古くから「花の御寺」と称されていた。また「枕草子」、「源氏物語」、「更級日記」など多くの古典文学に登場し、その人気ぶりが偲ばれる。

「源氏物語」にある玉鬘(たまかずら)の巻のエピソード中に登場する二本(ふたもと)の杉は現在も境内に残っている。
玉鬘は頭中将と夕顔の間に生まれた娘で、幼名は瑠璃君といった。母夕顔は頭中将の正妻に脅され姿を隠していた時に源氏と出逢い、逢瀬の途中に不慮の死を遂げる。しかし乳母たちにはそのことは知らされず、玉鬘は乳母に連れられて九州へと落ちる。そこで美しく成長し、土着の豪族大夫監の熱心な求愛を受けるが、これを拒んで都へ上京。そして「長谷寺参詣の途上で偶然にも夕顔の女房、右近と劇的な再会を果たしたのが、京から徒歩で4日目に泊まった椿市(つばいち、海柘榴市)であった。京から長谷寺まで約72キロの道のりで当時牛車で2日、女性の足で3-4日かかった。
その再会を契機に玉鬘は昔、母の夕顔に仕え、今は光源氏に仕えている右近の世話で源氏の邸宅・六条院に養女として引き取られる事となる。

 源氏物語での長谷寺詣ででの一文。
 前より行く水をば、初瀬川といふなりけり。
右近、
「ふたもとの 杉のたちどを たづねずは ふる川のべに 君をみましや」
うれしき瀬にもと聞こゆ。

玉鬘、
「初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢う瀬に 身さへながれぬ」
とうち泣きておはするさま、いとめやすし。

一方、紫式部となにかと張り合っていた清少納言も長谷寺に詣でて、「枕草子」に「辰の市・里の市・椿市、大和に数多ある中に、初瀬に詣づる人の必ずそこに泊るは、観音の縁あるにやと心ことなり」と長谷寺の事を描写している。

長谷寺の古い参道(写真1)は、東の谷二本の杉辺りから椙(すぎ)坂を登ったけど、正面から本堂(写真3)へ登る道が開けたのは、第66代一条天皇の時(1千年頃)、勅願によって仁王門(写真2)が移築され、春日社の社司中臣信清が子(信近)の病気平癒を感謝し、回廊を建立してから、牛車で石段の下に乗り付け、「初瀬などに詣でて、局(つぼね)する程、くれ階(はし)のもとに車ひきよせ立てたるに、帯ばかりうちしたる若き法師ばらの、足駄(あしだ)と云ふものを履きて、いささかつつしみもなく、下り上るとて、・・・」と云い、坊さんがさっさと登廊(写真3、4)を上がり下りするのに驚き、彼女は手摺に掴まってゆるゆると登り、本堂(写真5、6、7)では灯明が沢山あがって、「仏のきらきら見え給へるは、いみじうたふとき・・・」と書いてる。本堂には清水寺と同じように舞台があり、境内が一望される。色鮮やかな五重の塔(写真8、9)もいい景色を醸し出している。

古今集の紀貫之の有名な歌も長谷寺詣ででの花の宿を訪れた際に作られた。
   人はいさ 心も知らず ふるさとは
   花ぞ昔の 香ににほひける
詞書に「初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に、久しく宿らで、程へて後にいたれりければ、かの家の主人、「かく定かになむ宿りは在る」と言ひ出して侍りければ、そこに立てりける梅の花を折りて詠める」とあり、昔は初瀬の長谷寺へお参りに行くたびに泊まっていた宿にしばらく行かなくなって、何年も後に訪れたら、宿の主人が「お宿は昔のままでございますというのに、あなたは心変わりされて、ずいぶんおいでにならなかったですね」と言った。そこで、その辺りの梅の枝をひとさし折ってこの歌を詠んだ。

と言う具合に長谷寺には当時の文化人達もこぞって訪れ、和歌や小説の題材に取り上げている。平安時代にはすでに街道が整い、宿場宿もにぎわっていた事がうかがわれる。
東京在住のものにとって長谷寺といえば鎌倉の大仏のあるお寺を思い浮かべる方も多いと思うが、鎌倉の長谷寺は奈良の長谷寺の僧侶が鎌倉で開いたとされる。
ボタンの寺として有名だけれど、桜の季節もまた格別、これから長い冬も終わりシーズンとなる。ぜひ一度訪れてみてはいかがであろうか?
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滅びの法則

2012年03月09日 18:11

何かと物議をかもした作家の田中慎弥の「共食い」と円城塔の「道化師の蝶」が今年の芥川賞受賞作品に決まったが、その作品の載っている文芸春秋の3月号に面白い記事「日本の自殺再考」が載っていた。この原文はなんと今から35年前の高度成長を謳歌する1975年に発表されたが、この論文が現在の「日本の閉塞感と日本の未来の予言」を的確に述べているとして再度掲載された。

人類の歴史上に様々な文明が起こり、成長し、やがて没落し、消滅して行った。トインビーによれば現在生き残っている文明は西洋文明、近東の正教キリスト教文明、ロシア正教文明、イスラム社会文明、ヒンズー社会文明、中華文明と日本文明の7つの文明であるとされる。日本文明は独立した文明として長い歴史上も生き残って来た。その日本文明が危機的状況にあると言う。

日本没落の予感
現在、日本が震災、津波などの災害による沈没の前に政治的、経済的、社会的に沈没してしまいそうな予感が社会的衰退のムードや社会病理現象として数多く観察される。そこで日本社会の中に観察される没落の諸徴候群と思われるものを諸文明の没落とりわけギリシャ、ローマの没落と比較してみた。
プラトンによればギリシャの没落の原因は、欲望の肥大化と悪平等主義とエゴイズムの氾濫にある。道徳的自制を欠いた野放図な自由の主張と大衆迎合主義が、無責任と放埒とを通じて社会秩序を崩壊させていったというのである。そして崩壊前夜のアテネの状況を目撃して次のように書いた。
「支配者達が自由をふんだんに与えてくれないと、市民達はそうした支配者達を、ものの分からぬ奴、と非難する。他方、市民は支配者達に従順な者を、自ら好んで奴隷になる奴と非難する、父は子に似た者となり、息子達を恐れ、子は父に似た者となり、自分が自由であることのためなら両親に恥じる気持ちも恐れも抱かぬようになり、教師は生徒を恐れてこびへつらうようになり、生徒は教師を軽蔑する。」没落の兆候は数千年の歳月を経ても新鮮さを失わない。

ローマの場合もギリシャと同じで、「市民は無償のパンを要求し、その要求際限なく拡大し、配分可能な経済のパイの枠を超えてしまうならば、唯一の可能な方法は、見せかけだけの分け前の増加であり、実質は同じでも名目だけパイをふくらませて見せる事だった。こうしたパイの分捕り競争が続き、生産性が低下し、富の獲得がうまくいかなくなって不況が発生し、にもかかわらず、大衆がこの事実に目をつぶって身勝手な要求を続ける。エゴの氾濫と悪平等主義がはびこり、民主主義はその活力を失って無秩序と解体をもたらし、悪平等主義による画一化と全体主義の泥沼の中に腐敗して行く。こうして疑似民主主義は没落のイデオロギーとなり、指導者と大衆を衆愚政治の腐敗の中に引きずり込んで行く」という形で栄華を極めたローマも滅んだ。

まさに巨大化した国家がその心臓部の繁栄をもたらし、そして皮肉な事にこの繁栄こそが巡り巡ってやがては、国家の心臓部を衰弱させる事になっている。
文明の挫折と解体は宿命的なものでもなければ、災害や外からの攻撃によるものでもない。没落は、基本的には社会内部の自壊作用によって惹起される。これがエジプト文明、インド文明、ヒッタイト文明、バビロニア文明などすでに滅んでしまった文明の基本的没落の原因である。

文明の没落の歴史を辿ると、その過程で不可避的に発生する文明の「自殺イデオロギー」とでも呼ぶものに遭遇する。それらは極端な平等主義のイデオロギーであると言える。この平等主義のイデオロギーは、共同体を解体し、社会秩序を崩壊させ、大衆社会化状況を産み出しつつ社会全体を風化さし、砂漠化して行く。民主教育の主張者達はエリート教育を差別教育として全面的に否定する。人間の個性化、教育の多様化の重要性を理解せず、しばしば、クラスの平均や底辺に進度を合わせた教育を試みる。その結果、優秀な子供達、努力する子供達は、やる気を失い、いたずらに教室で時間を浪費している。

滅ばぬための歴史の教訓
諸文明の没落の歴史の教訓は、①国民が狭い利己的な欲求の追求に没頭して、みずからのエゴを自制する事を忘れる時に、経済社会は自壊して行く以外にない。②国際的にしろ、国内的にしろ、国民が自らのことは自らの力で解決するという自立の精神と気概を失う時、崩壊せざるを得ない。③エリートが精神の貴族主義を失って大衆迎合主義に走る時その国は滅ぶ。④年上の世代はいたずらに年下の世代にこびへつらってはならない。⑤人間の幸福や不幸は決して賃金や年金の多い少ないや物量の豊富さなどで計れるものではない。

翻って日本の現状を見ると、滅びの法則に当てはまるものばかりである。

国家予算が大赤字だというのに大衆は自分に都合のいい事ばかり要求し、国民年金や医療保険は解決しない。官民を問わず、自分たちの権利を守ろうとするのみか次々と新しい利権を産み出し、勢力を拡大しようとする。政府は金をばらまき(子供手当など)市民へのご機嫌伺いばかりとなり、風あたりの強い政策(八ッ場ダムの中止)はいつの間にか撤回され、赤字を積み上げて行くばかりの疑似民主主義が横行する。

教育は「ゆとり教育」とやらで最低限大人になる前に知らなければならないような知識も教育せず、悪平等を持ち込み、運動会では一等賞もびりもなく、皆んな平等に、勉強でも優劣を付けず仲良くしましょうとうたっている、一方、一旦大学を出るとグローバル化に打ち勝ち世界の激しい競争を生き残り、欧米や台頭する韓国や中国に負けないようにと真反対の事をいう文科省なんか信じられる訳も無い。

新入社員を採用する会社も、自主性があり活発でばりばりと仕事をし、国際的に活躍できる人をとのたまう。初等教育ではのんびりと仲良く、平等にが社会に出れば一変して、競争社会、これではノイローゼになる若者が増えるのもうなずける。

宮沢賢治の「雨にも負けず」の精神程でなくとも、困っている人がいたら助けるという日本人が昔から持っていた優しい心、助け合いの精神が薄れ、明らかに放射能汚染の無いようなゴミでさえ、自分の街へ持ち込むのは嫌だとおっしゃる。表面的にはいい格好をしてても、いざ自分が少しでも我慢、不利益を被るとなると猛反対。

今の民主主義とはみな平等で自己主張ばかり、責任は果たしたくないとの代名詞。
楽して金儲けしたい。人と競争したくない。責任の重い仕事はいやだ。若い頃からのんびりと人生を楽しみたい。ばりばりとは働きたくない。金はくれ、我慢は嫌だの世界。これはユートピアの世界、極楽浄土、現実ではない。これでは日本が沈没する。ああどうしたらいい?


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