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open access ジャーナル の光と影

2013年12月27日 18:28

Open access journal の問題点
今年も早いものでもう御用納め。今年は皆さんにとって良い年であっただろうか?研究で興奮するような結果が得られたであろうか?
来年こそ良い年で、研究も益々の発展しますように。

研究者にとって研究成果の発表をどのジャーナルに投稿するかは大関心事である。最近では投稿の手続きが簡単で、短期間で掲載されるネットのopen access journalの人気が高い。そのようなopen access journalについての警告がScience 342, 57-74 (2013)に載った。かいつまんで言えば下記のようになる。

旧来のジャーナルは投稿者の誠実さへの信用とpeer review制度の信用の下に成り立って来た。しかしそのような信用はopen accessのネットジャーナルが出現し、失墜してしまった。旧来のジャーナルは雑誌の購読料をとって成り立って来た。しかしopen access のジャーナルは掲載料を取る事で営利を得ている。そのような方式だと利益は出版量に比例して増大するので、当然膨大な数のこなせるネットでの取引となり、審査を楽にして出来るだけ多くの論文を掲載しようとする商業主義がまかり通る。ネット上に掲載するopen accessには多くの正当なジャーナルも含まれているが、ひどいものも横行している。

 ためしに、John Bohannon 氏は全くの捏造論文を304のopen accessジャーナルに投稿してみた。そうすると半数以上のジャーナルにacceptされたという。手軽なため余りにもopen accessのジャーナルが増え過ぎ、科学論文の信用性を確保できない。今や匿名のreview systemは機能できなくなって来た。
新しく作られたopen accessのジャーナルはインドや中国発信などのものが多く、これらの大半は新規性や正確さに関係なくpeer reviewとうたっていてもほとんどがフリーパスで、金儲けのためのジャーナルである事が多い。出来るだけ多く投稿させて掲載し、その掲載料で儲けるという仕組みになっている。

  全く存在しない人物名で、全く存在しない研究所名でJournal of Natural Pharmaceuticalsにでたらめの(架空の)論文を投稿してみた。すると2ヶ月後にはacceptされてしまった。その論文は即座にrejectされるべきひどい論文であったし、高校生クラスの化学の知識があれば論文の欠点に気づきうる程度の論文であった。そこで論文を上で述べたように、304のopen accessのジャーナルに投稿してみた所、半分以上のジャーナルでその致命的な捏造に気づかれず、採択されたという訳だ。
 それらのジャーナルの編集部の存在場所と掲載料を徴収する銀行の場所を特定してみた。するとほとんどが発展途上国に存在しており、掲載料はnet bankingで決済されていた。Journal of Natural Pharmaceuticalsはインドのムンバイに拠点を置くMedknowという会社が発行している270以上のジャーナルの一つであるが、それらのジャーナルには毎月200万回以上のdownloadがある。

open access のジャーナルとして成功した代表的なものにPLOSがある。PLOSは2000年に立ち上げられ、2006年からPLOS ONEが発刊され、現在一巻あたり最大の発行部数をほこる。PLOS ONEは倫理上の問題をclearし、内容が正確であれば重要性を問わないという方針で、多くの投稿論文を集め、年に7000以上の論文が掲載料(1350ドル)払って掲載されている。という事はPLOS ONEだけで年10億以上の稼ぎがあるということだ。

当然の事ながら資本主義社会, このような美味しい話を見逃す訳も無く、続々とopen accessのジャーナルが発刊された。PLOSのようにreviewが編集方針に基づいて行なわれて、質のいい論文を集めているジャーナルはそれでいいが、一応review systemを取るという形にして、多くの論文を集め、お金さえ払えばほとんどfreeで通してしまうという、悪どいジャーナルも横行している。

投稿に際して、そのようなジャーナルに気をつけ、安易に投稿しないという姿勢が大切であろう。ちゃんと実験し、きれいなデータをまとめた結果をこのようなジャーナルに掲載したら、逆にその論文の価値を下げかねない。
しかしドクターを取る資格としてpeer reviewのある英文誌への掲載をうたった大学が多い。ただ博士を取りたいだけの人にはこれらは好都合なジャーナルであるかもしれない。でもこれでは益々博士の質が下がるというものだ。

open accessのon-lineジャーナルへの投稿は確かに早くて簡便であるが、そこにある落とし穴には注意が必要だ。特に高い掲載料をとる商業ベースのジャーナルには引っかからないように、ジャーナルの善し悪しを見分けることが必要だ。
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ナンバー2はこうして消される

2013年12月16日 17:37

張成沢氏の粛正

最近の驚きの事件の最たるのは北朝鮮のナンバー2の張成沢氏の粛正。失脚させてどこかに蟄居させるのかと思っていたら、軍事裁判にかけて即刻銃殺刑にしたというから驚き。それも機関銃乱射で身体はバラバラ、その上火炎放射器で跡形無く始末したという。まさに恐怖政治の再たるもの。昨日までは金正恩第一書記の叔父としてナンバー2として権勢をふるっていた。処刑の理由がまたふるっている。「卑劣な手段で国家転覆を計った」「見下げ果てた犬にも劣る人間のくず張はーーー」とまで張を貶めている。なんともいやはや昨日まで持て囃し、天国から一気に地獄へと引き摺り下ろす。このギャップがすごい。一週間で逮捕から、有無を言わさず処刑へと。

ナンバー2の悲哀は歴史的にもよく書かれている。
それは 「飛鳥尽きて良弓蔵われ、狡兎死して走狗烹らる」という故事に尽きる。
「飛ぶ鳥がいなくなれば良い弓は蔵に仕舞われてしまう。狡賢い兎が死んでしまえば、猟犬は煮て食べられてしまう」という中国の古い諺である。言い方を変えれば、「用があれば大事にされるが、用がなくなれば仕舞われたり、食べられたりしてしまう」ということである。弓や犬であれば良いかも知れないが、人間もそうであるとする。


司馬遷は史記の中の「越王句踐世家」で呉越(紀元前585-473)についてのくだりで述べている。越王勾践には范蠡という謀臣がいた。越は呉王夫差により攻め滅ばされ、勾践は命だけは助けてもらっていた。それから20年間じっと我慢の(臥薪)嘗胆を味わいようやく、悲願の呉を攻め滅ぼす事が出来た。呉王夫差は勾践に対して以前にはおまえの命を助けてやったではないかと命乞いをしたが許されず自殺した。
こうして呉を討ち滅ぼすという長年の夢がかない有頂天になっている勾践を見て范蠡は密かに越を脱出した。亡命後范蠡は勾践の家臣の文種への手紙の中で「私は『狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵る』」と聞いていますが、越王の容貌は長頸烏喙(首が長くて口がくちばしのようにとがっている)です。こういう人相の人は苦難を共にできても、歓楽はともにできないのです。どうして貴方は越から逃げ出さないのですか」と述べたが文種はその忠告に従わず、結局自殺に追い込まれる。その范蠡は後陶朱公と名乗って商売で大成功して、巨万の富を得た。老いてからは子供に店を譲って悠々自適の暮らしを送ったと言う。
漢楚(紀元前206-202)の戦い(項羽と劉邦の戦い)中での功労者である韓信は、漢と楚が戦っている内は漢の初代の皇帝劉邦に重用されたが、漢楚の戦いが終わり天下を取ると、あれ程劉邦のために尽くし、漢設立に貢献していても結局殺された。 このような例は枚挙にいとまない。

 ナンバー2の地位はつねに風前の灯なのである。
金正恩にとって北朝鮮王朝を世襲してしばらくは叔父の張成沢は後見人として、独り立ち出来るまでは、頼りになった。しかし、いまや独り立ちし、ワンマン体制も整ってくると、張成沢が邪魔になってくる。また色々な諫言で、疑心暗鬼にもなり、叔父であっても、今はもうお役目ごめんで目障り、将来歯向かうようにならないとも限らない張成沢を今のうちに除こうという気が出てくる。まさにもはや用無し、もはや狩るべき兎がいなくなり、ご主人様に楯突く犬は煮て喰えという事になる。

ここまで生死を伴わない事態でも、このようなたぐいの話はいっぱいある。人間の心理状態は太古の昔でも現在でも変わらない。
会社でのプロジェクト成功の功労をめぐっての上司と部下の争い、会社でずっと一緒に上り詰めやっと社長になったら、一緒に苦労して来た専務が疎ましくなる、研究の貢献をめぐって教授と部下との争い、大きなもの程この争いは熾烈となる。ナンバー2はあくまでナンバー2、ボスあってのナンバー2であることを忘れてはいけない、この喧嘩に勝ち目はない。時々ボスとうまくいかず、けんか別れして、一人で研究室の片隅で、周囲と浮き上がって研究をしている人を見かける。このような状態が一番まずい。意地を張らずにささっと出て行って、新しい所で勝負する方が長い人生幸せである。


人の本質は誰にも邪魔されない地位に上り詰めた後にのみ露呈する。最高の地位に上がるまでは周りに遠慮し、言いたい事も我慢する。しかし誰にも遠慮する必要がない地位に上りつめると、意見されたり、出しゃばられたりするとかちんと来る。もうお前なんか必要ないとなる。
こうして張成沢は粛正されるべくしてされた。彼が粛正されないためには、辞めて隠居し、年老いて弱ったとかぼけたとかを装おうかしかない。

江戸時代の科学のレベル

2013年12月03日 18:39

江戸時代の科学

「堀江もん」が塀の内に入っていた時、インターネットを禁止されていたので、本を良くよく読んだそうだ。彼がTVで言っていたのは、一番感動を受けた本が「天地明察 (作 冲方丁)」で、江戸時代の文化度の、特に自然科学の質の高さを知って感激したんだとか。「天地明察」は一昔前にTVでもドラマで放映された。将軍の面前で碁をうち、碁を指南する家系(それには4家、安井、本因坊、林、井上があった)の安井家の碁師(渋川春海/安井算哲)は本業とは全く関係のない天体学、数学、測量学を極め、不正確であった暦を改め、新しい暦「大和暦」を作ったという話。すでに800年間中国で開発された宣明暦を使っていたため、日時が2日間もずれ、また日蝕、月蝕の予測日時も当然ずれていた。

 最初は暦を中国で使われている授時暦なるものに変えようとするが、この暦でも、日蝕の予報が外れてしまう。これは中国の経度と日本の経度がずれているための誤差が主な原因であった。もう一つ。太陽と惑星は互いに規則的に動いている。しかしその動きは一定でない。太陽は地球に最も近づく時、早く動く。これは秋分から春分までが179日であるのに、春分から秋分までは186日である事から当時でも明らかになっていた。これはケプラーの法則と呼ばれるが、その運行は楕円である。当時は誰もが円を予想していた。
 暦を作るためには「北極出地」を行いまず正確な緯度を測らねばならない。南北の経度と東西の緯度をもって地理を定める時、各々の土地の緯度はその土地にて見える北極星の高さに等しい。春海は地方へ行ってその高さを図り、距離算出、方角確定を行なった。そしてこれらを計算して全く新しい和暦、「大和暦」を完成させた。
 算哲は陰陽師統括たる土御門家を介して朝廷に改暦の儀を働きかけた。それを受け帝は誤謬明らかな現行の暦法を廃し、新たな暦法を採用する由の改暦の儀を発した。新暦の候補は大統暦、授時暦と大和歴であった。帝の勅令はどれを採用するのか,日本中がその裁定にかたずを飲んで見守った。幕府のお役人から庶民に至るまでが勝負に熱狂し、各々の暦を応援した。帝の裁定は下った。大和暦の採用であった。


 その頃、江戸幕府も3代目家光から4代目家綱へと変わり、太平の時代になっていた。2代目将軍秀忠のご落胤会津藩主の保科正之は武士社会の体制を大幅に、武断政治から文治政治へと変えた。以前の武家社会は武芸を磨き、戦闘に備えるのがいい武士だとされて来た。豊臣秀吉が天下を統一するまではそれで良かった。戦闘に勝ち、褒美に部下に勝ち取った領地を与えるという事で、忠勤を励ませていた。ところが、天下を統一してしまうと分け与える土地もなく、論功行賞もできず不平不満が募った。そのため秀吉は朝鮮にまで攻め入って、領土を拡大しようとし、大失策を犯した。江戸幕府はそのような事態が起る事を憂慮し、武闘派たる大名、加藤清正、福島政則などの名家をことごとく改易し取り潰した。更に、飢饉に備えてお米の備蓄や江戸の町に玉川上水を引き、上水道を完備させ、庶民が住みやすい、民の生活向上へと目標を定めた。そのため、庶民の生活も落ち着き、飢える事がなくなると、「衣食足りて礼節を知る」のことわざ通り、江戸文化が開花することとなる。

 余裕の出て来た人々は自分の職業とは関係ない趣味に興じることとなり、生活とはほど遠い、数学や天文学なども武士、町人問わずブームになって、まさにクイズを解くかのように、絵馬として神社へ数学の問題が掲げられ,それを解き合うということが行なわれた。その頂点に関孝和という天才の数学者が現れ、独自に和算なるものを作り出した。同時の日本が鎖国し世界から孤立し、情報が全くなく、独自に考えたのにも関わらず、その内容たるや当時、世界のトップであったというから驚き。「傍書の法」という新たな算法で、現在の代数に近いものを考案し、「解伏題之法」という今で言う行列式なるものも考案していた。

 世の中が落ち着き、生活も安定してくると、心に余裕ができて、文芸から科学に至るまで、直接生活に関わらない文化が花開く。この時代に活躍した人物には松尾芭蕉、井原西鶴、近松門左衛門や新井白石などもいる。また絵画では緒方光琳や俵屋宗達とそうそうたる人物が活躍し、この後に来るより成熟した文化「元禄文化」で大きく発展する事になる。
 本来芸術や科学は生活に余裕がある所から産まれて来た。しかし現代の科学は現実社会での実用を求める資本主義的競争の中で発展している。精神的余裕よりも札束が科学の進歩を後押ししている。


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