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うららかな春の空に映える木蓮の花

2015年03月27日 16:34

辛夷の花、木蓮の花、泰山木の花

遠くからぼやっと白い固まりに見えていた樹が、次第に近づくにつれ辛夷の花だと気づいた。樹全体が無数の白い花で覆われ、碧空を背景に気品あふれた姿で立っている。辛夷の白い花の街路樹は年に一度この季節のときだけ、何の樹だったかを気づかせる。毎日車で通る道なのに、花が咲くまでは全く気にも留めていない。
こぶし(Magnolia kobus、写真1、2)は木蓮科の花樹の中で、白木蓮よりつぼみも花も小さく、また白木蓮の花がややクリーム色を帯びているのに対して、こぶしの花は純白に近い。赤い花をつける辛夷の木も遠くから見ると壮観であり、桜にも引けを取らない。
 こぶしの開花に前後して、白木蓮(Magnolia liliiflora、写真3)は辛夷よりもさらに大きな上品な白いつぼみを開かせ始める。木蓮は地球上で最古の花木といわれ、恐竜の時代からすでに現在と変らない姿で咲いていたそうだ。
辛夷にも増して気品のある気高さを感じさせる大きな純白の花をつけた大樹が碧空に映えて薫風を漂わせ、うららかな春の日に、ユートピアにいる境地に浸らせてくれる。
 木蓮の大振りな花と葉は太古にふさわしい。大きな恐竜がゆったりと大きな木蓮の木の周りを歩いている姿を想像すると、青い空を背景に、白い大きな花を付けた樹と恐竜がそれほど違和感なく受け入れられる。
 木蓮には、白木蓮のほかに紫木蓮がある。白木蓮は高さ10m以上に成長するが、紫木蓮のほうは普通樹高4、5mぐらいである。赤紫の大きな蕾が開くと薄赤みを帯びた花弁を春の日差しに受けて、青空に輝く。白木蓮にも増して、気高く気品あふれた花である
 時期を遅くして咲く木蓮科の大木に泰山木(Magnolia grandiflora)がある。東洋的な雰囲気を持つ泰山木は実は北米中南部原産。花期は5~7月頃。大きな葉の表面には光沢があり、裏面は毛が密生しており錆び色に見える。日本では公園樹としてよく植栽される。樹高20m以上にもなる。堂々たる大木で気品の高い白い花をつけている様は見る人の心を和ませる。
  高校の図書室の窓の外に堂々たる泰山木の木があって、年に一度大きな白い花を咲かせた。ふと読書で疲れた目を窓の外に転じると大きな清楚な花が目に映り、疲れた目だけではなく心までもリフレッシュされた。その当時、何の花かは知らなかったが圧倒されるような大木なのにつける花のなんと可憐で気高いことだろうと感動したものだった。
こぶし、木蓮、泰山木と木蓮科の花は無数の花が木全体を覆い、遠くからみても、ぼーっと景色の中から浮き上がったように見える。近づくと一つ一つの花びらは大きくかつ清楚な白で、また花が散った後は大きなビロードの葉に覆われ、見ているだけで、平穏と安らぎに包まれる。

画像は画像、季節の花画像300より
画像1白辛夷、2 赤辛夷; 画像3 白木蓮、4紫木蓮; 画像5 泰山木

辛夷画像1

辛夷赤 画像2

白木蓮画像3

紫木蓮画像4

泰山木画像5


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何気ない日常の風景

2015年03月17日 12:51


春間近の六甲山

夜来のみぞれ混じりの冷たい雨も明け方には上がり、雲の合間から陽光が漏れ出て来た。気温はまだ低いものの、今朝の日差しの温もりには春の訪れの近さが感じられる。

六甲の山々が海に急激に落ち込んでいるため、神戸の街は猫の額程度の狭い海岸沿いの土地に開け、市街地は発展に伴って斜面に這いつくばるように、六甲山の上へ、上へと伸びてきた。

狭くて細長い海岸沿いの平地を縫うように、3つの電鉄会社がお互いに背中をくっつけんばかりに並走している。海岸沿いに移動するには至極便利だが、山手の方に移動するとなると否応無しに車か徒歩で坂道を上がらなければならない。坂道も始めは緩やかだが、次第に傾斜は急になり、最後は急峻な六甲山の登山道へとつながる。

 毎朝六甲山を仰ぎ見ながら、途中から傾斜が急になる坂道を車で上がって行く。今の季節、六甲の山は日に日に褐色の肌に、茜色が交じった黄色や薄緑の服を着て、華やかな装いを呈してくる。そして薄靄に煙る山は菫色に、日差しを浴びる山は萌黄色にと、刻々と装いを変える。目を上に向けると今日は遮る雲ひとつない、春を待ちわびる六甲山がそこにある。

 この季節の山の樹々は芽吹くと、たちまち若葉を発育させ、あっという間に濃緑の葉を繁茂する枝へと変わっていく。しかし今はまだ、春浅く生命の喜びを謳歌する季節の到来を待ち、春の栄光に備えての序章を演奏している。

 平凡な日常に埋没している間に、春は忍び寄り、駆け抜けて行き、すぐに暑い夏となる。

国際感覚の薄い日本のアカデミア

2015年03月09日 15:30


ひ弱な学生、ひ弱な研究者

グローバル化に伴って、世界のどこへ行っても通用する企業人や研究者が求められている。しかし事態は時代に逆行して、留学する学生は減少し、日本の大学での外人教授は増えない。Science誌にそれを皮肉ってかどうかしらないが、日本の大学が変われるかどうかという記事を載せた。
Japan looks to instill global mindset in grads
Dennis Normile. Science 347, 937 (2015)

日本の企業は海外での厳しい競争に四苦八苦している。その問題の根源は国民の高等教育システムに対する内向さによるのかも知れない。 文科省の国際企画の局長代理は「企業に務めている人が日本の大学の学生は役に立たないと言っている」述べた。国際環境をうまくやって行く技能と勇気を持っている学生は皆無だとも言っている。そして事態は益々悪くなっている。留学する学生は減り続け、日本での外国人学生の数は減少傾向にある。ましてや外国人の教授はめずらしい。

 首相の安倍晋三内閣によるもっと国際性を持った学生を増やすようにという指示に答えて、文科省はTop Global University プロジェクトを立ち上げた。このプログラムでは13の研究大学が世界のトップ100位以内に入ることを目指して選ばれ、10年間に渡って年4.2億円の援助を受けることになった。そして24のより小さな大学は年1億7千万の補助を受けることになった。助成金額は余り多くないが、大学が国際環境に適応して、学期性やカリキュラムを変えるのを助ける。例えば、参加する大学は海外のパートナーと学生交換を容易にするため、学期の始まりを春から秋に移すなど。

 東京工大の学長である三島義直氏は「我々は教育と研究の質と国際化の改良を試みている」と言っている。そしてゴールは2030年までに世界のトップ10に入る事だ。今は東工大はTimes higher education listでは141位でQS World University Rankingでは68位だ。これは社会の変革をもたらすに十分の規模であると言っている。
これは日本の大学の国際化への最初の試みではない。今までの試みはほとんど効果なく、この新しいプログラムはそれらとどこが違うのか?と疑問が投げかけられている。日本は次から次ぎへと短期のプログラムを発足し連続性がない。と1984年に東大で初めての任期のない教授に就任した地球物理学者のRobert Geller氏は言う。これら一連のプログラムはこのTop Global Projectを成功させるのに役にたっていると言う人もいる。京大と英国の大学との協定を助けたLondon在住の野村敏雄氏は日本の大学はゆっくりだけど確実に変わりつつあると言っている。

 しかし最近の傾向には落胆させられる。文科省の資料によれば、留学する日本人の数は2004年がピークで82,945人で、2011年には57,501人となった。そして日本での外人学生の数は2010年の141774人から2013年には135,519人となった。一方、昨年の86国立大学の外人教官数は2329人で全体の3.6%にしかあたらない。

多くの日本の大学は国際ランキングを軽視しているし、国民も関心がない。現在、Top 100位以内にはたったの2大学しか入っていない。東大が23位で京大が59位である。

もし参加している大学がTop Globalの目標を達成できたなら、海外での学生の信用度が3.3%から13.8%へ、日本人学生に対しての外国人学生の割合は6.5%から13.1%へ増加し、海外で取った学位を持つ日本人に対する外人教師の割合は27.6%から47.1%へ増加するであろう。

 日本のアカデミアは島国育ちでひ弱になり、日本社会の大黒柱となるにはほど遠い。文科省の国際企画課の松本英人氏は「日本の大学から標準的なルートをストレイトに行く事を好むリクルート習慣と国際感覚を持つ人材の育成」にギャップがあり過ぎるという。遅かれ早かれ、会社は英語のスキルと海外経験を持った学生を好んで採用するようになるであろう。その時になって初めて、学生は海外に行くように努力するであろうし、彼らの仕事の前途を知るであろう。しかし、もし会社が変化を好まないなら、学生達も当然変わらないであろう。


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