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愛のかたちーそれからー

2008年11月28日 17:21



夏目漱石作 「それから」

 長井代助は学校を出て就職もせず、親の援助でぶらぶらと一人暮らしをしている。明治時代でのこと、資産家で会社経営をしている家の次男坊で、職を持たないくせに、女中と下男と一緒に自由気ままに暮らしている。まぎれもなく今で言う、ニートである。彼は自分の心境を「今の状態をメッキを金に通用させようとする切ない工面より、真鍮を真鍮で通して、真鍮相当の侮辱を我慢する方が楽である。」と考えていた。しかし今では「この鍍金の大半をもって、親父がなすり付けたものと信じている。その時分は親父が金に見えた。多くの先輩が金にみえた。だから自分の鍍金がつらかった。早く金になりたいと焦って見た。所が、他のものの地金へ、自分の眼光がじかにぶっつかる様になって以後は、それが急に馬鹿な尽力の様に思われだした。」と思う様になってきた。

学生時代からの友人、平岡は銀行に勤めて、関西に住んでいたが不祥事に巻き込まれ、最近東京に帰ってきた。平岡の妻三千代は代助や平岡の友人の妹で、その友人はチフスですでに居ない。平岡は金銭にこまり、代助に借金を申し込む。しかし、職を持たない自分ではどうしようもない。父親や兄に借金を申し込むが、断られ、逆に資産家の娘との結婚を押しつけられる。自分は自由に生きているが実は本当の自由ではないことを知らされる。

 代助を介して漱石の言っている面白い一言がある。現在の日本にもそっくり当てはまる。
「なぜ働かないつて、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと、大げさに言うと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程、借金を拵えて、貧乏震いしている国はありゃしない。この借金がいつになったら返せると思うか。そりゃあ外債くらいは返せるだろう。けれども、そればかりが借金じゃありやしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国をもって任じている。」と。

 父親からは縁談を迫られ、また平岡の妻になっている三千代に対して,最初は同情だったが、だんだんとその感情が切羽詰まり、実家から帰る途中の心境をまわりの景色を通して漱石はこう書いている。「練兵場の横を通る時、重い雲が西で切れて、梅雨には珍しい夕陽が、真っ赤になって広い原一面を照らしていた。それが向こうを行く車の輪にあたって、輪が回るたびに鋼のごとく光った。車は遠い原の中に小さく見えた。原は車の小さく見える程、広かった。日は血の様に毒々しく照った。代助はこの光景を斜めに見ながら、風を切って電車に持っていかれた」

 また平岡夫婦の間に疎隔が生じたのは自分のせいではないかとも思う。しかしその大部分を「この結果の一部分を三千代の病気に帰した。そうして、肉体上の関係が、その精神に反響を与えたものと断定した。またその一部分を子供の死亡に帰した。それから、他の一部分を平岡の遊蕩に帰した。また他の一部分を会社員としての平岡の失敗に帰した。最後に、残りの一部分を平岡の放埒から生じた経済事情に帰した。」そして「彼は病気に冒された三千代をただの昔の三千代よりは気の毒に思った。彼は子供を亡くした三千代をただの昔の三千代よりは気の毒に思った。彼は夫の愛を失いつつある三千代をただの昔の三千代よりは気の毒に思った。彼は生活難に苦しみつつある三千代をただの昔の三千代よりは気の毒に思った。」と三千代に対しての感情が深まる様を文体を繰り返すことで強調する。
平岡のため、己の恋を犠牲にして三千代をゆずった、その義侠心が間違いであったと反省する。過去の行為が己を欺いたものであったことに気づく。己の誤った義侠心が三千代の一生を台無しにしたことを悟る。
 どんどん三千代への思慕が募り、ついにその思いを告白する。一方で、父親から持ちかけられた縁談を断ると「じゃあ、お前のかってにするさ。己の方でも、もうお前の世話はせんから」と言われてしまう。代助に心情を打ち明けられた三千代は「今になってそういうことを言うのは残酷だと代助の心を受け入れることを躊躇するが、最後に「仕方ない、覚悟を決めましょう」と答える。そしてそのいきさつを平岡に打ち明ける。しかし平岡は代助の父親に手紙で世間の道義にも劣るものだと手紙で知らせる。その結果、代助はそれまでの安楽な生活を失い、友を失う。

 代助は本来、ありのままの世界をありのままに受け取って、自分に快適なものだけをとって満足し、他人を、世の中をどうのこうのしようなどとは考えたこともない個人主義的な男であった。それが恋愛の力に負けて、今までの生活態度を一変し、家名や友情までも犠牲にして大飛躍を強いられる。漱石の書きたかったのは「運命的な恋愛であった。一度は離れても必ず一緒にならずにはおかない因果な恋愛であった。それを成就させるためには、なにものをも顧みない。生活を棄て、社会から指弾されても、突き進むという厄介な恋愛であった。破滅が待ち受けていても進まざるを得ない恋愛であった」。
 漱石は小説の冒頭で、さりげなく「親父の頭の上に、誠者天之道也という額が麗々と架けてある。先代の旧藩主に書いてもらったとか言って、親父は最も珍重している。代助はこの額がはなはだ嫌いである。第一文字が嫌だ。その上、文句が気に喰わない。誠は天の道なりの後に、人の道にあらずと付け加えたいような心地がする。」と書いてこの小説の本題を暗示させている。この小説はその意図に沿って話が進められていく。

しかし、代助と三千代の恋愛は社会から見れば、あくまで不倫の愛であった。二人はこの宿命的な恋愛のために、終にいきつくとこまで行かなければならなかった。その結果、暗い運命を背負わされた二人は、人を遁れ、社会から遠ざかって生活しなければならなくなるであろう。
「それから」の最後はそのような将来を暗示して終わる。この疑問を受け継いで「門」が書かれた。「門」に関しては次の機会に。

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