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開発コンセプトと戦略のギャップ

2008年12月04日 16:52

戦力と戦略

 以前から不思議に思っていたことだが、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線において、なぜあれ程破竹の勢いで攻め、たちまちフランスを占領し、英国軍をダンケルクから追い落としたドイツ軍がその勢いに乗って英国に攻め込めなかったのか? 結局は英国の制空権の獲得ができなかったことにその敗因があるという。
ヨーロッパはほとんどが陸つづきで、お互いに国境を接している。そのため地上戦をおこなう戦車と航空兵力が勝敗を決めることになった。一方太平洋戦争では主に海上がその戦闘域となり、大きな勝敗は空母および航空兵力の優劣で勝敗が決まった。狭い領域で戦うヨーロッパでは航続飛行距離の短い航空機でよく、一方の太平洋域では航続距離の長い飛行機が必要とされた。

ではなぜドイツ軍は英国との空中戦に負けたのか?
詳しく主な戦闘機の性能を比較してみる。ドイツ空軍 「Luftwaffe, ルフトバッフェ」の主力はメッサーシュミット教授の設計によるあの名機、メッサーシュミットBf109。一方英国空軍 「Royal Air Force, RAF」の主力はスピットファイヤー。参考のために上げると日本の主力機は三菱重工社製の日本が誇るゼロ式戦闘機。

ルフトバッフェの主力戦闘機メッサーシュミットBf109は 3.1万機製造され、補助戦闘機フォッケウルフFw190は 2.2万機製造されたのに対し、RAFの主力戦闘機スッピットファイヤーMk2は3万機でハリケーン1が3万機の製造。日本の場合海軍の零戦が1.1 万機で陸軍の一式戦「隼」が6,000機というお粗末さ。ルフトバッフェは単座戦闘機をほとんどメッサーシュミット一種に絞っていたが、英国は3種の戦闘機を持っていた。更にルフトバッフェは機甲部隊と戦術空軍とによる電撃戦を得意とし西ヨーロッパの国々を圧倒していく。しかし、1940年の初夏にドーバー海峡を隔てた大英帝国に触手を伸ばした頃からメッサーシュミットの栄光に影がさし始める。
      全長(m) 全幅(m)  翼面積  総重量(トン) 出力(馬力)
Bf109E   8.64    9.9    16.2     2.5      1100
スピット2   9.12    11.2    22.5     3.1     1200
零戦21    9.2     12.0    22.4     2.41     940

Bf109は単座戦闘機の中でもかなり小さく、零戦は大きさの割に軽く、代わりに馬力が弱い。メッサーシュミットはヒットエンドラン戦術重視型、零戦はドッグファイト戦術重視型でその中間がスピットファイヤーといえる。
更に性能の比較を見ると最大速度はBf109Eが570km/hに対し、スピット2が580km/hで零戦が540km/hとほぼ同格で遜色ない。他の性能も大差ない。このような戦力でルフトバッフェと英国空軍(RAF)の死闘が始まる。英国はまさに後のない戦いであった。4ヶ月に及ぶ死闘はBattle of Britainと呼ばれる。

ルフトバッフェは単発戦闘機Bf109が 800機、双発戦闘機BF111が250機、急降下爆撃機ユンカース87が260機と双発爆撃機He111などが1,000機をもって攻めたてた。
迎え撃つRAFはスピットファイヤーが370機とホーカーハリケーンが 710機である。戦力からみれば圧倒的にルフトバッフェが有利であった。特に主力戦闘機においてBf109が800機に対しSpit2が370機と決定的な差があり、誰しもが戦前に予想すればルフトバッフェの圧勝の予想パターンであった(三野正洋著 ドイツ軍の小失敗の研究より)。

 しかし英国は圧倒的に不利な航空兵力を補うため、開発したばかりのレーダーを最大限に活用した。一方のドイツ軍はレーダーをあまり重要視していなかった。またドイツ軍は目標が散漫であった。Londonを叩きたいのか?工場を叩きたいのか?レーダーサイトを叩きたいのか? 英国戦闘機を殲滅したいのか?もしドイツ空軍の司令官がまず英国戦闘機を殲滅し、その後後顧の憂い無く様々な爆撃目標を叩くという戦略をもっていたらどうなったであろうか?多分ドイツ空軍圧勝であったであろう。空軍元帥“ふとっちょ”ゲーリングには能がなく、自分の既得権益を守ることに汲々としすぎ、的確な戦略目標を示せなかった。ゲーリングはRuftwaffe産みの親で、ドイツ空軍創設には多大な貢献をしたが、実践向きではなかった。そこにドイツの不幸がある。

 すでにドイツはフランスを占領していたので、ドーバー海峡沿岸の基地を利用できた。攻撃目標のLondonまではわずか160km.どう考えてもドイツ空軍の圧勝間違いなく思われた。しかし主力戦闘機メッサーシュミットの航続距離は700 km。 ということはLondonに着くまでに燃料の1/3を消費することになり、London上空には30分しかいられない。スピットファイヤーの航続距離も大差ないが、英国上空で戦っているから、いつでも降りることができる。両者のドックファイトが始まると、あっという間に30分経ち、明らかにメッサーシュミットの航続距離の不足あるいは滞在時間の不足が目立ち始める。英国の迎撃戦闘機隊はすぐにこの事実に気づき、空中戦を引き延ばし始めた。Bf109は戦闘を打ち切って戦線を離脱する必要にかられ、逃げるとそれを追尾し海峡近くで撃墜されることや不時着が相次いだ。戦闘に強く身軽な戦闘機という設計のコンセプトが今度は決定的に弱点となってルフトバッフェに襲いかかった。
ドイツ空軍がこの弱点をはやく気づき改良していたらどうなったであろうか?

かくして英国への侵攻は完全に失敗に終わった。最終的にドイツ軍の損失は戦闘機、爆撃機が1733機で乗員3050名に対し、英国側の損失は915機で乗員600名という英国空軍(RAF)の圧勝で終わった。これを転機にドイツ軍の電撃的な作戦は影を潜め、ヒットラーは戦線をロシアに転換し、泥沼の勝利なき戦いへと突き進むことになる。
一方わが零戦の航続距離は、海を超えて攻撃する必要性を考慮して設計されたためか1880 kmとダントツに長く、米海軍のF4Fも1680 kmと長い航続距離の戦闘機を設計している。さらに零戦は補助タンクをつけ航続距離をのばしていた。ドイツ軍はこれを採用していない。

 いくら優れた兵器(航空機)でも使われる場とか供給力とかが考慮されていないと、その真価を発揮出来ない。少々能力で劣った航空機でも単純な構造で、部品の補給や生産量が多ければ、優秀な航空機を圧倒できる。ドイツはどちらかというと技術にこり過ぎ、戦略全体を見失ってしまった。日本の場合は精神力ばかりを重視し、人を粗末にしすぎた。確かに零戦は優秀な戦闘機であったが、戦闘能力ばかり考えたコンセプトで設計され、機体が軽く、敵の銃弾が隔壁を貫通しパイロットに致命傷をあたえることが多く、戦争が長引くと熟練したパイロットの不足に陥った。日米間の生産量の圧倒的な差はなんとも埋めがたい。更に決定的なのは米国や英国は大型爆撃機(特に四発の)を持っていて、軍需工場などを叩くことができた。ドイツや日本は戦略的空軍というようなコンセプトがなく、大型長距離爆撃機(双発爆撃機は存在したが)を持たなかった。米国空軍がB29などの大型戦略爆撃機で日本の工業地帯や都市に対し絨毯爆撃を行い、徹底的に破壊尽くし、戦意を削いだことは有名である。B29などの戦略大型爆撃機はエンジンに排気タービン(ターボチャージャー)を装備し、空気の薄い高度でも濃縮された空気をエンジンに供給できた。日本は撃ち落とした機体を調べ、排気タービンをコピーしたけれど、タービンの羽に必要とされる高度の合金、冶金技術が伴わず、結局完成することはできなかった。太平洋戦争における航空兵力、海軍力についてはべつの機会に述べるとする。

長期戦においては結局総合的な戦略というものが最後には効いてくる。 bestと思われる戦闘機(兵器)(製品)での戦いが常に勝つ訳ではない。これらの歴史の失敗は大きな戦略にのっとったコンセプトよる航空機(兵器)(製品)開発の必要性を教えてくれる。

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