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画期的な発明の後には失敗が残る

2009年03月02日 17:34

零戦対抗機Hellcat

 第二次大戦中、アメリカ海軍が空母に配備した主力艦上戦闘機で特に有名な戦闘機はヘルキャットである。
このF6Fの開発目的はズバリ「打倒!零戦!」であった。1943年初頭まではアメリカ海軍機で唯一零戦と互角な戦いを繰り広げられたのはヘルキャットの前機種F4F「ワイルドキャット」ただ1機種のみ。

 「ワイルドキャット」が苦戦したのは零戦の軽快な運動性によるもので格闘戦(ドッグファイト)に持ち込まれれば最後、運動性ではまず勝ち目は無かった。アメリカにとって日本は仮想敵国であったとはいえ、零戦21型がここまで高性能であるとは夢にも思っていなかった。

 そこで前線では零戦との1対1の空中戦を禁じてチームで戦うことを徹底させていた。この戦術は効果があり、一方的な戦いではなくなったのです。



 しかし、機体の性能差が簡単に埋まるわけではなく前線では新型機の到来を望む声が高くなった。この新型機開発に向けて、アメリカ海軍は最終的に2社に開発指示を出した。

 一つはまだ戦闘機開発においてメジャーではなかったヴォート社、そしてもう一つが軍用機の名門グラマン社だった。ヴォート社の画期的すぎる新型機(後のF4U コルセア)は開発失敗の可能性もあったため、保険の意味合いでグラマン社にも新型機開発を発注していたのだった。

 グラマン社ではF4Fを全般的にパワーアップした後継機の開発に乗り出していました。しかし、少々のパワーアップ程度では零戦21型と戦えないため、エンジンはF4Fの倍は出せる強力なものを採用しスピードと重武装という点の強化を図った。この設計には捕獲されたライバル機「零戦」の分析データ、先行投入されたF4Fの運用データもあり、比較的設計チームは気楽に仕事が出来たといわれている。
癖がなく未熟なパイロットにも扱いやすい操縦性と、生残率を高める堅牢な装甲、防護鋼板などの装備に加え、見た目に反し日本軍搭乗員にも一目置かれるほどの良好な運動性能があり、格闘戦を得意とする日本の戦闘機を撃破するには最適の機体で、折畳み式の主翼を備え一隻の航空母艦に多数が搭載可能であったこともあって大戦中盤以降、機動部隊の主力戦闘機として活躍し、日本の航空兵力殲滅に最も貢献した戦闘機となった。弱点は2,000馬力級の戦闘機としては低速だった事であるが、それでも零戦や一式戦闘機「隼」など、日本の1,000馬力級戦闘機よりは優速であり、必要にして十分であった。限られた出力の機関で最大限の性能を発揮するため極力まで軽量化された零戦に対し、大出力の機関を得て余裕のある設計がなされたF6Fは全く正反対の性格の戦闘機であり、日米の国力の差を象徴していると言える。
 さらにコクピット周りの防弾鋼板をはじめとする防弾装備が強化された。コクピットの防弾鋼板は零戦21型の標準武装の一つであった7.7mm機銃を全く通さなかった。 この結果パイロットの生還率も高く、その防御力の高さから当時のパイロットたちは「グラマン鉄工社製」などとあだ名をつけていたというエピソードがある。

 

 設計チームはこのパワーアップに必要なエンジンに新型の2000馬力級エンジン「プラット・アンド・ホイットニー・ダブルワスプXR-2800」を選択した。このエンジンはアメリカを代表する高性能・高出力エンジンで信頼性においても定評があり、各航空機メーカーはこのエンジンを競って採用した。
 
 これに匹敵できた日本のエンジンは「誉」型程度で、信頼性が全く比べ物にならなかった。「誉」は限界ギリギリの設計であったのに対し、こちらは非常に余裕を持たせた造りになっていたのです。

 また重量が重いため、零戦に対してはるかに急降下速度が速く有利に戦闘に持ち込めたと言われる。
性能諸元(ヘルキャット) 零戦

 全長; 10.23m        9.12m
 全幅;  13.06m   12m
 全高; 3.52m   3.53m
 正規重量; 4128 Kg 1745 Kg
 エンジン; 2000馬力      950 馬力
 最大速度; 603 km/h      534 km/h
  武装;  12.7㎜機銃 6挺   7.7 mm 機銃 2挺
       爆弾:454 Kg×2 120 Kg x2

比較からも分かるように、圧倒的零戦が軽く、運動性能がいい事が分かる。一方で、エンジンの馬力と言えば、2倍程度ヘルキャットの方が高い出力をほこる。この出力の差はどうしようもないほど大きく、武装、防弾、爆弾装着をとってみても優れている。特に、零戦の持っている機銃ではヘルキャットの防弾鋼板を貫通できず致命的ともいわれた。大戦の終盤、おそまきながらこのヘルキャットに対抗して、大型エンジン金星を積んだ零戦が登場したが、すでに時遅しであった。
画期的ないい製品を開発すると、それにひきずられて次の製品が出にくいのは昔も今も同じである。もう少し、もう少しと引きずり、交代のチャンスを失う。
これが決定的な敗因となる事は現在の大きな会社でもよくある。その典型がソニーのウオークマンである。出た当時、まさに画期的、これで一気にソニーの名を高めた。画期的な製品を出した後は、別の人物による別の戦略で大きなchangeが必要である。でも日本ではそれは非常に難しい。なぜなら,それほど成功した人を換えるなんで、人情的にできない。歴史は証明している。大成功の後にはかならず油断がきて、大敗することを。

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