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田舎のたこと都会のたこ

2009年06月22日 17:10

田舎のたこと都会のたこ

研究室に明石から通っている女性がいる。生まれてこのかた30数年、旅行以外明石から出た事がないという。一年前に当研究室に勤めたのが初めての明石以外の地だという。神戸と明石では電車で15分の距離。それでも明石を出ての大冒険らしい。じっと同じ所で、周りを見ないようにして生きていく。自分の慣れ親しんだ環境で、親や兄弟と気心知れた人たちと心地よく、過剰な刺激が無いように暮す。たこ壷に入って自分でふたをしてできるかぎり、あたりを見ないように、なにも聞かないようにする。
その女性に言わせると「たこ壷からでえへんで!明石はたこだけではあらへん。鯛もあるで、魚貝類もおいしいで。明石は極楽や」となる。

一方で、北陸の片田舎から出て来た女性もいる。彼女は反対に地方の人間社会、同一の価値観にがんじ絡めに縛られた社会から飛び出したい。そんな閉鎖社会の鎖を解きはなして、「私自由に生きたい。干渉されたくない」確かにそうなのよ。「田舎はすぐにあそこの家の長女はまだ結婚しないのか, 女の子が大学院まで行ってどうするのとか」そんなの大きなお世話。「村の人は、他人には興味ない振りをして、耳はダンボの耳。人の生活を覗き見して、ひそひそと噂するのが楽しみ。それしかやることがないのよ」確かに!「そんな所に今更帰ってみなさいよ。どんなことになるか」確かに! 「親も兄弟もいるから楽は楽なんだけど」確かに!となる。

さてさて都会のたこ壷と田舎のたこ壷、あなたはどちらがお気に入りですか?
都会のたこは誰もだれがとなりのたこ壺にはいっているかには目もくれない、孤独な社会。気が向いたらつぼから出て行って、刺激を求めればいい、慰み合えばいい。生活の糧を得るために最小限の閉鎖社会とつきあって、あとは個々の日常にもどればいい。小さなたこ壷が無数あり、だれがどの壺に入っているか知らない、都会。
一方、壺の数が少なく、お互いにどの壺に誰が入っているかのみならず、その壺にすむ人々の容姿、性格から経歴にいたるまで個人情報は筒抜けの小さな街や村。どちらをお好みであろうか?
私はたくさんあるたこ壷にまぎれて、ひっそりと自由にくらせる都会のたこ壷の方が好きだった。最近は歳をとり、田舎で少々の人間関係の煩わしさにも少しは耐えられる自信ができ、田舎での晴耕雨読にも憧れている。そんな生活にあこがれてブログのタイトルに「たおやかな生活」とつけたが、すぐに間違いに気づかされた。日々の研究活動をする限り、そんな事はあり得ないと。「テンションを上げて、頑張っていい成果を、面白い成果をあげるぞ」。と自分に言い聞かせないと脱落してしまう社会だ。社会はすぐに言う。「お前達はいい気なもんだ、税金で趣味の研究をし、生活まで面倒を見てもらえる」と。そんなのは遠い昔の研究者。今の研究者はすぐに評価され、悪ければキックアウトされ、研究費ももらえない。
この競争社会一生懸命働き、ストレスも受ける、いやなこともやる。つき合いが嫌いでも人と付き合いネットワークを作る、論文もうまく書け、英会話もできるように、プレゼンテーションもうまくする、研究者だからといって研究だけに没頭できるわけではない。時間がいくらあっても足りない。これが普通だ。だからブログのタイトルも改訂版から「たおやかな生活を夢見て」と変えた。何人の人がお気づきであろうか?
現在の研究者はたこ壷に潜んでいる訳にはいかない。否応無しに壺から引っぱり出される。壺の外でのたこ踊りが一人前にできないたと生き残れない。これが研究者の現実。

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