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Winners take allの研究費

2010年05月17日 19:06

科学研究費をめぐって

日本の科学研究費を取り巻く事情が民主党政権になって大幅に変わりつつある。この十年、毎年平等に各研究室あたりにきていた研究費がじり貧となり、競争的科学研究費の額が増えてきた。その傾向は望ましい事かも知れないが、同時に問題も多い。大きな問題の一つは大学の予算が少なくなり大型機械を設置した中央機器室のような施設が減少し、全ての機械を個人でそろえなくてはならず、そのような高額な研究費を獲得できるものとそうでない者とのの格差がひどくなってきた。そのため、持たざる者はますます結果が出しにくく、ますます格差が広がるという現象を生んでいる。さらに個人で購入した大型機器にはオペレターもつかず、また場所を多くとり、効率的ではない。ある額以上の大型機器は大学が中央で管理し、オペレーターがつき、だれでも使えるシステムを取る事が望ましい。今は申請した研究費に直接関係のない実験デスクや研究室のリフォームや機械の修理などに使えるお金がない。
その一方で、高額の科研費を獲得したものから、さらに高額な予算獲得者が生まれ、使い切れない程の予算を一部の者で独占し、superrichを産み出している。その最たるものが世界最先端研究支援プログラム(FIRST)である。それの功罪についてNatureのNews (Nature 464, 957-958 (2010))で触れている。

Winners take all,勝者の全部取り

科学的競争が日本では欠けているが、それを促進しようとする努力がなされているとも言えない。

個人的忠誠心が強く大学閥がしばし家族の絆に似ている日本では、科学研究費の表面だっての批判はなかなか難しい。多分その理由の一つは日本では歴史的に競争原理に基づいた研究費による科学資金の分配が比較的少なく、むしろ平等にお金を大学や研究所の基本的な運営金として配っていたことにある。2002年の8.9%から少しは増えたが、2009年にたった13.8%の国の研究費が競争原理に基づくグラントとして配られ、これは米国よりかなり低い割合である。このようなやり方は民主的で公平に見えるかも知れないが、日本の官僚はいい研究を取り上げようという大規模な試行がしばしば失敗に終わっている事を次第に実感してきた。過去10年の間、日本は不景気や国際特許紛争や台頭する中国との競争に悩まされて来たので、官僚は繰り返し国内での競争を促進する事によって国際社会において日本人研究者が強くなるように追求して来た。

そのような努力はいつも報われるとは限らない。例えば2001年から2005年へかけての2倍にするという競争資金の計画は経済が順調に伸びず科学研究費の伸びが横ばいになったため達成されていない。しかし新しい政府によって削減されたがそれでもいままでに経験した事も無いような多額の競争資金、1000億という巨額のFunding program for World-Leading Innovative R & D on Science and Technology(FIRST)が発足し、変化が起こり始めている。30人の研究者が資金を獲得し4年間で平均33億使え、以前に研究計画として出されたよりももっと研究者が的を絞り、大幅に自由度の高い研究を謳歌している。

FIRSTは日本の野望に満ちた魅力ある一歩を現している。しかしそのプログラムはあまり練られて無く、まだまだよりよい計画ができるであろう。例えば考えてみるに、30のFIRSTの受賞者はすでに世界をリードする研究者が大半で、ノーベル賞受賞者やその分野での論文最多引用者も含まれている。受賞者の多くはすでに多額の科研費を獲得し、4人は国内に5つある世界トップレベル研究拠点のリーダーか共同リーダーである。この拠点は2007年世界のトップの研究者を集め、同様トップの日本研究者と共同して働かせようとすることを意図して作られた。これらの著名な研究者はすでに過去に成果を上げてきたし、これからも間違いも無くそれ以上の成果を上げるであろう。しかし勇気を持ってNew faceを採用することも必要であろう。日本の世界クラスの革新的研究に与えられる褒賞はほとんど過去の業績に基づいておこなわれるため、若くてまだ大きな成功をしていない研究者が出したすばらしいアイデアを見逃す危険性がある。

すべてのこれらのプロジェクトがこのような巨大な投資を必要とするかどうかも考えてみるに値する。あるプロジェクトでは明らかにそうであろう。例えば日立製作所によるホログラフ電子顕微鏡開発の努力など。この開発は原子構造への新しい窓を開けることができ、様々な分野の領域の多くの研究者の役に立つことであろう。しかし全てのFIRSTプロジェクトの巨額の研究費が生産的に使われるかどうかは明らかではない。

FIRSTプロジェクトのお金の一部は国の研究費を補助する機関によって与えられるGrants-in-Aid(科研費)のように比較的小さな競争的資金を補助する基金を増す事に使われた方が良かったかも知れない。そのような研究費は小さなグループが希望をもってリスクは高いが基本概念を打ち破るような可能性のあるアイデアを実証するのに必要である。多くのFIRSTプロジェクトリーダーもすでにそのようなことを成し遂げ、彼らを有名にするような大きな発見をなしてきた。その上、科研費はここ数年その補助金の平均額が334万(2003年)から289万(2008年)へと日本の研究補助金の額は変わらないが国がより多くの研究者を支援しようとしたため、減らされて来た。この急激な変化は一部1995年から施行された多くの新しいポスドクを作り出そうとするプログラムによって生じている。しかも彼らの多くは仕事をみつけることができてない。
そのような心配をさておき、日本の政府や研究組織はFIRSTをFollowしていかなければいけない。そしてこれらのプロジェクトを支援し参画しそれらの価値を知る必要がある。しかし次に政府が大きな金額を競争的資金に投資する場合に、基本的資金の分配には様々な配慮が十分され、最も創造性に富んだプロジェクトを選んでいるとの確信がとれるようにすべきである。それに値する研究者は常に目につき易い場所にいる訳ではない。

科研費の獲得は研究者にとって死活問題である。以前は毎年の決まったささやかなお金が研究室宛に支給されていたが、今では殆ど皆無であり、外部から研究費が稼げないといい研究どころか、死滅してしまう。この現状を打破するには、昔の方式には戻れないのであれば、無駄の多い超大型の予算を減らし、競争的資金を今の数倍に増やし、ある程度の研究成果を挙げていれば、研究費があたるようにすべきであろう。そうしなければ日本の科学は徐々に衰退し滅びてしまうであろう。科学は超一流の科学者のみでできるものではない。さまざまな研究者がいて、裾野となる研究分野を開拓しているからこそ、それを土台に独創性に富んだインパクトの高い科学が花開くのである。

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