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遙か彼方

2010年12月24日 18:49

自信を持って己が道を歩もう

NHKドラマ「龍馬伝」が終わり「坂の上の雲」が再開された。幕末の動乱期と明治維新の揺籃期をみているとあの当時の若者のエネルギーには圧倒される。
当時、日本が世界の中で置かれた状況が現在とは違って情報が伝わりにくいにもかかわらず、日本の隅々にまで危機感を及ぼし、多くの若者が立場こそ違え、真剣になって日本の将来を考えた。

藩という束縛から逃れられなかった長州や薩摩の若者とは一線を画し、藩にとらわれず、「龍馬」という男は日本という国の世界での生き残りを考え行動した。権力の後ろ盾の無い浪人が徒手空拳大きな組織に立ち向かい、過激さを表に出さず、徹底的に話し合い、妥協点を探って大政奉還という大事業を成し遂げた。封建的で権力に弱く、長いものにはまかれろの国民性、今までにこんな人物が日本に居ただろうか?

明治初期はまさに国内では古い制度を壊し、新しい制度をつくりあげるという、古いものと新しいものとのせめぎ合いの時代であった。国外に目を向ければ世界は帝国主義的侵略戦争のまっただ中にあった。「坂の上の雲」はそのような国家存亡の混乱期に危機感を持った松山藩出身の3人の男、正岡子規、秋山好古、秋山真之を中心に若者が情熱と夢を持ってひたすらおのれが道を突き進んだ姿を描いている。

あの当時、多くの若者が危機感を抱きながら、しかし夢と希望を持って全てのエネルギーをおのれが道に注ぎ込んだ。目の色が真剣さと情熱を物語っていた。みんなが必死に生きた。その結果、ちっぽけな東洋の島国、日本が世界のうねりに飲み込まれないで、生き残れた。

今は明治期、戦後と並んで国家存亡の大混沌期である。しかし、昔の混沌期と異なり、日本は押しも押されない経済大国となっている。その大国の精神がバブルの時期に緩みっぱなしになったまま戻らない。自分の利益ばかりを考え、辛抱したがらない、危機感の無い国民。国民に嫌な事も言えず、重要な問題を先送りにして何の決断もできない政治。停滞し長い不況から抜け出せない経済、やる気の無い無気力社員が増え、成果が出せず、競争力を失った企業。研究者にも研究が好きというよりは社会の荒波にもまれたくない安全志向の人間が増えてきた。困った事にがつがつと働きたくないという研究者が増えている。実験科学ではがつがつと働かない訳にもいかない。世界の傾向は益々多くのデータを要求し、ひとかけらの矛盾も無い結論を好む。一流のジャーナル程膨大なデータを積み上げ、詳細な分析を要求される。世界の傾向と日本人研究者の楽をしたいという性格の食い違いがひどくなりつつある。

昔アメリカに留学していた頃の日本は貧しかった。すでに戦後の動乱期を脱して、喰うに困る事はなかったが、生活環境、研究環境では雲泥の差があった。東海岸には日本人観光客など見かけなかった頃である。

アメリカの高速道路ではやっと小さな日本車がちらほらと走り始めだしていた。日本製は3流というレッテルを貼られて、それがまだぬぐい去られていない時代であった。外国生活をして感傷的になっていたせいもあるが、あのちっちゃな日本車が大きなアメリカの車に交じって、走っている姿を見て涙が出て来た。左翼的でこそあれ、愛国心とかいう事とは無縁であったはずだが、国を離れ一人で外国に暮していると、妙に負けてたまるかという気概が沸き、まだ少なかった日本留学生達はなにかと団結したものだった。あの頃の日本人は今の中国人や韓国人の目の色をしていた。お金も大事だったけど、やりたい事をやれる喜びに満ちた目をしていた。

当時の企業戦士達は与えられた仕事を期待以上にこなし、各々の戦場で能力の有る無しを問わず、やってやろうではないかという気概に満ちあふれていた。なによりも同僚と同じ目標目指して働ける事が嬉しかった。目的を達した後、みんなで桜の下で酒を酌み交わす事が楽しかった。
そうこうしている内にあれよあれよという間に、テレビなどの日本製家電もアメリカの市場に溢れ出し、あっという間に日本製がブランドとなっていった。

今はがつがつと働く事がださくて格好悪いと思われている。
今はありとあらゆる事が低迷し、気力の無い無機質な社会になってしまっている。危機感に溢れていたあの頃のエネルギーを取り戻し、中国や韓国に負けない活気に満ちた日本を取り戻す事ができるのであろうか?

まず文句を言う前に個人個人が、自分の持てる力を、目一杯発揮する。これが日本が活気を取り戻し、夢のある将来に向っていける基本ではないだろうか? おのれに与えられた仕事を頑張り成功させ、次の高みを目指して登って行く。そして一人一人の研究者がチャレンジ精神を持ち、いい研究成果を出すように努力する。大きなものにチャレンジすればする程ストレスはかかるものなのである。そのストレスを克服してこそ、成功は訪れる。画期的な万能薬など所詮存在しない。個々の人間が持ち場でこつこつと努力し、その能力を最大限発揮する。そして自信を取り戻す。そうすればいつの間にかあのアメリカ在住当時のように、湧き出るが如く人材が輩出してくるであろう。これが日本再生の一番の近道ではないであろうか?

坂の上の雲を目指してひたすら登って行った明治の若者のような情熱と夢を現在の若者にも持ってもらいたくて詠む。遥か彼方の一陀の白い雲。手を伸ばしても届かない。この坂を上って山の頂に立てばあの雲に手が届くに違いない。

遥か彼方

今は何も考えず、ひたすらあの雲を目指してこの山を登ろう。
沈み行く太陽の光を浴びてあの雲が茜色に変わる前に、陽が傾き山の彼方にその身を沈め、あたりに暮色が漂う前にあの雲に着こう。
いまは何も考えず、ひたすら山を登ろう。日が暮れる前にあの雲に乗ろう。雲に乗れば視界も開け、山の向こうの荒野が見渡せる。さらば未開の地に未踏の道を拓くことができるであろう。
しかし今はなにも考えずにひたすら、汗を流し、息を切らしこの坂を上ろう。あの雲をめざして。

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