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博士課程卒業者の暗い未来

2011年05月13日 18:13

ドクターは取ったのに トホホ

ポスドク問題は世界的にも深刻であるが特に日本と米国の状況は絶望的であるという。日本の場合、博士課程の人員を増やしたのはいいが、人口の減少で大学の生き残りが厳しく、職員数も削減され採用枠が減少しているし、景気も悪く、企業の採用意欲も低い。減少し続ける採用枠を補うように財政赤字にもかかわらず、政府がポスドクや臨時職員への補助金を増やし、どうにか雇用を確保し、問題を先送りしている。いずれこのバブルがはじけ、大量の博士難民が出現する危惧がある。ポスドク問題に対し、Natureが特集を組んだ。

Fix the PhD
Nature 472, 259-260 (2011)

PhDシステムはもはやアカデミックキャリヤーへの保証された切符ではなく、考え直す必要がある。

 世界は多くの問題を抱えている。問題を解くため多くの聡明で教育された人物を必要としている。だから多くの人が科学、技術や工学でPhDを取る事自体は良い事のように見える。多くの国では高い教育と科学研究は経済的発展と繁栄への鍵であり、科学の博士教育は拡大している。博士過程を出た研究者が思うことはキノコのようにPhDがどんどん育てられていることだ。確かに、そのような増加は莫大な良い研究に繋がり,急激に成長する経済に繋がる。そして博士課程修了者は良い仕事に就ける。しかし注意しなければならない問題もある。無制限な拡大は出来の良くない人物をシステムに引き込みPhDの質を低下させる。アメリカや日本の医学関連研究者については暗い未来を予測させる。優秀で生え抜きの大学の科学PhD保持者が5年か10年の貧乏なポスドク生活をとぼとぼ過ごして幻滅し、しばしば無期限の大学での地位を求めて実りの無い戦いをしている。一方で、アメリカのNIHや日本の政府からの増加し続ける援助資金が博士やポスドクの拡大を招いている。労働市場がどれだけの人数雇用をできるかを十分に考えもしないで、PhDシステムは研究補助金の供給に依存して動き、労働市場の要求に基づいて動いていない。

問題は広く議論されているが、PhDプログラムは依然として旧泰然としたままで、大学でのポジションは減少しているというのに、この制度そのものは大学での研究の徒弟奉公を促進するようになっている。アカデミックなポジション以外にも多くの有望なキャリアーがある。そして科学のPhD保持者は大学や公共研究機関以外にも満足のいく仕事を見つける事ができる。しかし彼らは永年miniprepの実験を行なって来たので、銀行員や教師になることが相応しいとは感じていない。ドクターを取っても仕事が得にくいという心配の広がりは優秀な若者が博士課程に進むのをためらうようにしている。

変化しなければならない。どのように?理想的には要求に応じて、魅力的なキャリアーの質の高い博士号取得者を産み出す事である。しかし多くの大学では彼らが補助金をもらい、安っぽい論文を出すことができる限り改革しないでいる。大学も同様政府からの補助を受けている。政府が打ち出せる変化の一つは職業的要求にマッチした博士号を与えるようなシステムへの変化であろう。そしてどのような科学関連職業の働き手が不足しているかを明らかにすることであろう。 政府は最も必要とされている分野への博士の供給を増すべきである。

二つ目の道は博士課程自身のリホームをおこない、PhDシステムにおける彼らの期待をリセットすることであろう。卒業後に政府、企業、教育界で要求されるキャリアーへと進む新しい種類の博士課程を思い浮かべてみると良い。

すでにそのような試みはなされ、米国の研究所ではIntegrative Graduate Education and Research Traineeship(JGERT)の補助を受け高度に訓練されたPhDの養成を行なっている。IGERTのスキームではどの程度の報酬で変化を引き起こせるかを示している。政府と補助金援助機関はどのくらいのPhD学生がコースを終了し、どのくらいが就職口を見つける事ができるかを算出する必要がある。このようにして有望な学生にいい博士課程を選ばせ、悪名高い現在のプログラムを改良又は終了させる。このようなことがありふれたことになるまで、有望な大学院生は可能性に目を見開いて科学専攻の博士課程に入って欲しい。全てのキノコが暗闇でよく育つ訳ではない。

PhDを持つ研究者には誇りがあり、大学でのエリートである。しかし今や、昔そうであったようなエリートではない。博士号保持者は年々増加し、1998年と2008年の十年間で比較すると、OECD加盟国で34,000人と40%増加した。この増加傾向は衰える兆しを見せない。殆どの国は高い経済成長を遂げるため高い教育システムを構築し続けているからである。しかし世界の多くの国では、博士課程修了者が質、待遇で有利である事はもはやないであろう。

米国や日本のような国では長い間教育を受け、数少ない大学や企業でのポストを争っている。供給が需要を上回り、就職できない博士号取得者もいる。
一方、中国やインドのような国では経済が発展し、全ての博士号取得者に職はある。しかし質はあまり良くない。ごく少数の国、たとえばドイツは大学の外でキャリアー構築の訓練をするPhDを作る事で改革に成功した

日本の例:危機的な状況
Nature 472, 276-279 (2011)
「Everyone trends to look at the future of the PhD labourmarket very pessimistically」
科学の博士課程をもつ多くの国の中で日本は議論の余地無く最悪のケースであろう。1990年に政府はポスドクの数を3倍、10,000人にする政策を打ち出し、そのゴールに向って博士号取得者を増やした。その政策は日本の科学能力を西洋に匹敵するように上げる事だった。しかし急速に目標は達成されたけど、現在はそれらのポスドクの行き場所が考えられてなかったと非難されている。大学は彼らを欲していない。学校に入ってくる18歳の若者が減り,多くの教員を必要としない。同様、企業も、昔から若い大学の新卒者を独自に訓練する事を好んで、博士号取得者を必要としない。博士課程卒業者は2009年には18,000人に達したが,文部科学省はそれらの人が企業で働けば400万円の補助を出すことを決めたが、未だ大学はいままでの路線に固執している。トレイニングを受けた分野で全ての人が生計を立てる事はできないとシンガポール国立大学のPeter Ngは言う。ある者は全く異なった仕事に、教師から銀行員までに就かなければならない。専門は異なっても彼らは全てがいい待遇を得ている。優秀な学部卒業者が月3000S$に対し、ある博士保持者は月に4000S$と結構稼ぐ。PhDは単に高度な研究訓練を受けたというだけでなく、心の訓練も受けている。もし彼らが習熟した事を後に実戦すれば、新たな仕事を産み出し、新たな価値を産み出すであろう。
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