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東北大震災で日本沈没?

2011年07月13日 18:28

ポルトガル大震災に学ぶ

神戸での揺れは船に乗っているが如く、長い横揺れで激しいものではなかった。しかし波のうねりのような横揺れになにかしらとんでもない大地震が起こっているのではないかといういやな予感がした。それが3月11日に起こった東北大震災であった。

神戸、淡路大震災も都市機能を壊滅状態に陥れたが、不幸中の幸い津波に襲われなかっただけ、復興も速かった。今回の東北大震災は地震で家屋が壊されただけでなく、津波に襲われた街は跡形もなく消え去り、がれきの山となってしまった。それに追い討ちをかけるような原発の事故である。この三重の苦しみの中、まだ地震や津波の被害からは遅まきながら徐々に復興してきたが、原発事故だけは短期間では解決できない。原発事故が収束に向わず、いつ終わるともない果てしない戦いがこれから続きそうだという予感が日本の未来を暗くしている。一見のどかに花々の咲き誇る、田園地帯やなにげない里山にも放射能汚染が及び、何十年も立ち入りが出来ず、水田や畑を耕す事もできず、牛や家畜を飼う事もままならず、ましてや人が住む事もできない不毛地帯になってしまった。全く津波ですべてを破壊尽くされたならまだ理解ができるが、のどかな蝶の舞う田園風景が不毛だとは想像できない。
まさに地震、津波、原発事故の3重苦。この先日本はどうなってしまうのだろう。

18世紀のポルトガル。大航海時代の覇権をスペインや英国と争っていた。1755年11月1日、今回の東北大地震と同じ規模のマグニチュード9.0の地震が起こり首都リスボンの85%の建物を破壊しつくした。石作りの民家は倒れ、その下敷きなって数万の市民が生き埋めになった。
さらにしばらくして、海の底が見える程、沖へと引いていた海水が一転、15mほどの大津波と化して、リスボンの街に襲いかかった。浅瀬や空き地などに避難していた生存者は、なすすべもなく怒濤に飲み込まれ、津波だけで1万人の市民が犠牲となった。最終的な死者の総数は6万人に達したとも言われる。一夜のうちに数万人の犠牲者をだし、首都機能は完全に壊滅した。これがリスボン大災害である。
それをきっかけにしてそれまで海上貿易で世界を席巻していたポルトガルは傾き始め、2度と歴史の大舞台には登場しなくなり、凋落してしまった。それだけに留まらず、経済破綻とやらでユーロのお荷物にもななってしまった。

リスボン大地震が起きたときのポルトガルを取り巻いていた状況と、日本の現状はよく似ている。たとえば、もともと大航海時代にスペインと並ぶ強国だったポルトガルだが、地震が起きた当時はイギリスなどにその地位を取って代わられようとしているときだった。一方、日本も東アジアの盟主の座を中国に奪われるかどうかの瀬戸際で、今回の東日本大震災に見舞われた。
つまり、日本もいずれポルトガルのように落日を迎え、二度と経済大国として復活することはないかもしれないというのだ。

ポルトガルはEU諸国ではギリシャ、アイルランドに次ぐ3ヵ国目の財政危機だが、エコノミストの間ではいま、このポルトガルと日本の姿を重ねて、日本もポルトガルのようになるのではないかと危惧する声も出ている。日本がポルトガルの様に凋落していくのか、はたまた第2次世界大戦後の日本の様に再度不死鳥の様によみがえる事が出来るのか、これぞ全てが我々の頑張りにかかっている。
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