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太平洋戦争における起死回生の秘密兵器?

2013年11月19日 18:15

伊400型潜水艦

太平洋戦争は制空権の戦いでもあった。それに気づいている日本人は極わずか。山本五十六はそれに早くから気づいていた一人であった。そのため無理を承知で真珠湾奇襲を行なった。攻撃そのものは成功したものの、最大の誤算は空母が出払っていなかった事。更には南雲司令官が一波の攻撃で満足し、徹底的な施設の破壊をしなかった事。そのため、肝心な制空権は奪えず、施設の破壊が中途半端だった性もあり、復旧には1年近くかかると予想していたが、直ぐに復旧してしまった。
そのため制空権を是が非でも確保するため、ミッドウェイでの空母おびき寄せ作戦を行なったが、これ又作戦をよく理解していなかった南雲司令官らにより、反対に虎の子の空母を失い、ここに日本の制空権は完全に奪われてしまった。このままだと、日本本土の空爆が目に見え、敗戦への道を転げ落ちる事が目に見えて来た。実際、その後アメリカはB29などの大型爆撃機で東京を初めとする大都市を、邪魔される事もなく悠々と破壊し尽くした。先日も未爆発の大型1トン爆弾が赤羽で見つかり大騒ぎしている様がTVで放映されていた。

山本はこのような事態を打開するため、起死回生の秘密兵器を密かに開発していた。それが潜水空母とも呼ばれている、飛行機を搭載できる潜水艦であった。しかしこの秘密兵器は完成までに時間を要し、深刻な事態を好転するには至らず終戦を迎えた。

その潜水艦は、攻撃機3機を搭載する「潜水空母」とも言うべき空前の大型潜水艦で、最高機密のものであった。 この潜水空母「伊400型潜水艦」は、全長は122mで、ドイツのUボートの約2倍。アメリカの当時の潜水艦のガトー級(全長は95m。全幅8m)と比較しても圧倒的に大きい。排水量は6560トンで、Uボートの約8倍。メインのディーゼルエンジンは4基で7700馬力、Uボートの2.8倍もあった。何と言ってもその特徴は全幅が12mと非常に長いため全水中排水量6500トン、アメリカの潜水艦は総排水量2000トン弱で、その3倍以上という巨大さで、駆逐艦に匹敵する大きさであった。構造は潜水艦を横に2つ繋げたようなタンデム構造を取り、艦の断面図が眼鏡のような形になっている。伊400型の安全潜航深度は100メートルで、約50秒で潜航が出来るという大型艦ではかなりの急速である。燃料も重油1667トンを積め、16ノットで7万キロの後続力があったために、一度も燃料を補給せずに地球を一周することも可能という驚異の潜水艦であった。世界中どこへでも無給油での往復出撃が可能で当時では考えられない画期的な潜水艦であった。
遠い攻撃目標へ到達するために長大な航続距離を持ち、浮上時の交戦も考慮して砲・対空装備も搭載 されていた。特別な飛行機、水上攻撃機「晴嵐」がこの潜水艦に搭載されるために開発され、艦橋と一体化した特殊な水密格納筒に一部 分解して格納された。最初は18隻建造の予定であったが、5隻に縮小され、3隻が完成した。当初はアメリカの大都市への攻撃も考えられたが実際には、戦局も終わりに近づいた1945年4月25日、「パナマ運河夜間攻撃計画」が公表された。晴嵐は全機800kg爆弾を装備した上での特別攻撃隊となった。 しかし戦局の悪化によりパナマ運河攻撃は中止となり、南洋群島ウルシー環礁に在泊中の米機動部隊空母群に目的変更となった。 7月20日伊400と伊401の2船は舞鶴港を出航、8月17日を攻撃予定日として航海を続けていたが、8月16日の終戦を向え、作戦中止命令を受け帰港中、米軍に捕獲された。 「伊400」を日本で出迎えた米・海軍関係者はその大きさ、性能に驚愕し、アメリカ本土に回航されて徹底的に技術調査された後に、日本の潜水艦技術がソ連に渡ることを恐れた米軍は、ハワイ近海で実艦標的として撃沈処分した。その技術調査の成果は後の米海軍の戦略に大きく貢献し、水密格納筒の構造は後のミサイル搭載潜水艦の建造に生かされている。尚、僚艦の「伊401」は長崎県五島列島北方の東シナ海でアメリカ軍の実艦標的として撃沈処分された。

この大型空母潜水艦が事態を好転させるだけの威力があったかどうかは疑がわしいが、戦後のアメリカ軍の見方では3年早く完成していたら、かなりアメリカにとっても脅威であっただろうと述べている。隠密裏に基地や施設の奇襲攻撃が可能となり、例えばニューヨーク空爆の可能性すらある。ニューヨーク空爆は飛行機の数から言って、余大きなダメージは与えられなかったかもしれないが、かなり心理的なプレッシャーにはなったであろう。
そう言う日本も1942年4月に始めて空母からのドーリットル空襲を受け、国民は戦争に負けているのではないかとの心理状態に陥った。更にサイパン陥落後はB29による空襲が日常茶飯事になって行くと、口には出せないけど誰の目にも負け戦である事は明らかになって行った。
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