スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

名前のみ残った海峡

2014年10月08日 13:17

 マゼラン海峡

秘境中の秘境としてギアナ高地などもあるが、一番行ってみたい地はマゼラン海峡であろう。なぜマゼラン海峡なのか?それは 「Impossible Voyage」という本を読んだ際の印象が余りにも強力であったためである。

 世界一周を成し遂げたフェルデイナンド マゼランによって見つけられたマゼラン海峡は太平洋と大西洋が交わる細い海峡で、大西洋と太平洋の潮位の差により、いつも潮が渦巻き、幾多の暗礁もあり、狭いが上に流れも速い。天候はいつも荒れていて、屈指の航海の難所。遭難する船は数知れず、遭難船があちらこちらに打ち捨てられたままになっている。ヨットなどの小型の船は、横倒しに回転するだけではなく、立てに回転する程であるとされる。パナマ運河開通以前は大西洋と太平洋を結ぶ重要な航路であったが、難所故に南のドレーク海峡を大回りする船も多かった。マゼラン海峡を自ら操縦して通った船長は船乗り仲間からは畏敬の念で見られ、相手が司令官でも足を机の上に投げ出したまま、話してもいいとさえ言われる。

 マゼラン海峡は南米大陸の最南端のパタゴニアの端とフエゴ島の間にある。それより南に有るのはいくつかの島だけである。しかしこの事はフランシス ドレークが世界周航をするまでは知られていなかった。南米大陸はマゼラン海峡の遙か南まで続いていると信じられていた。マゼラン海峡の南にはいくつかの島が存在するだけであり、その先のドレーク海峡は南極大陸とつながっている。
 南米最南端のホーン岬はドレーク海峡に面している。岬を通過する経線をもって太平洋と大西洋の界とする。それより南は南極大陸。荒れ狂うドレーク海峡からみたホーン岬は断崖絶壁で海峡に突き出している。それでも、狭いマゼラン海峡よりはましで、ドレーク海峡発見後、船はドレーク海峡を通行した。

マゼラン海峡を通った人物に、マゼランやのダーウィンがいる。マゼランは、西回り航路を開拓するためにスペインを旅立ち、1520年10月にこの南米南端の海峡を発見した。彼の名前をとってマゼラン海峡と名付けられ、以来この海峡を船は往き来することになった。
 ダーウィンは、イギリス海軍の測量船ビーグル号に博物学者として乗船した。ビーグル号は5年に及ぶ航海のおよそ3分の2をフエゴ島とその一帯で費やし、この間ダーウィンは、博物学観察を行い、1834年6月にマゼラン海峡を通過し、その後ガラパゴス諸島等に寄りながら、5年近くの航海の後にイギリスに戻り、「種の起源」を纏めあげた。
 
 今ではほとんどの船がパナマ運河を通り、南米最南端を通る航路は役割を終え、かっての航路はさびれ秘境の地となりマゼランの名前だけが当時をしのばせる。
スポンサーサイト


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。