スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大学格付け

2015年08月31日 11:44

大学改革?
国立大学改革プランを受けて文部科学省は2016年度から、全国の82国立大学と4国立大学院大学を、「世界最高水準の教育研究」「特定の分野で世界的な教育研究」「地域活性化の中核」の3重点支援枠に分け、個々の大学が選択する支援枠での評価を予算に反映させる。同一グループ内で高い評価を得た大学は運営費交付金を手厚く配分する。

日本的、文科省的年功序列方式で行くと現体制の旧帝大7大学が「卓越教育研究」へ、筑波、広島の旧師範大学や高等工業の東工大、旧高等商業の神戸などが旧帝大に続き、これらの大学は「卓越」を選ぶか「特定分野」を選ぶかの難題に当たる。その他多くの地方大学は「地域貢献型」を選ぶことになろう。文科省は各大学にどこに入れと決めつけることはないというが、グループごとのカテゴリーで評価されるのでどこに入るかは非常に重要である。無理して「卓越」にはいればグループ内での評価が低いことになり、「特定分野」に入った方が実質評価が高くなる。しかし世間的には卓越に入らないと、世界に伍する研究、教育は諦めたように思われがち。

 国立大学の基盤的経費である運営費交付金は16年度の法人化以降、毎年減額されてきた(26年度のみ増額)。16年度(交付額:1兆2,416億円)と26年度(同、1兆1,123億円)では、10年間で1,293億200万円、10.4%削減された。
こうした状況の中で、国立大学法人等の全体としての事業規模は、附属病院収入や競争的経費等の外部資金の増加などによってかろうじて保ってきた。
 27 年度の国立大学法人と大学共同利用機関法人(4 研究機構)の計 90 法人の予算規模は 2 兆4,650 億円で26 年度より 118 億円(0.5%)の増額である。   国立大学法人の予算を見てみると全収入が2 兆 4,650 億円で、その内営交付金収益が1兆945 億円で全体の44.4%、付属病院収益が9780億円で39.7%、続いて授業料収入が14.9%、雑収入が1%となっている。
 付属病院収益が運営交付金と同程度を占め、以外と大きいことがわかる。大きな病院を持っている大学ならまだしも、小さな病院を持たない単科大学は交付金への依存度が高く、今後交付金が評価によって大幅に減額されたら、どうして大学を運営していけばいいのだろう。
現在の交付金の順位を参考までにあげると
東大(803億), 京大(539),東北大(456),阪大(443), 九大(412),筑波大(404),北大(370),名古屋(313), 広島(247),東工大(212),神戸(208),岡山(179),千葉(174),金沢(172)と文科省年功序列に基づいて続く。

ちょうど、自分の属する機関ではどのグループに入るかの議論が喧々諤々行われ、グループ先が決定される頃だと思う。各大学において、どこに属するかは将来の方向性が制限されることとあって大問題。この格付けによって1流、2流、3流のレッテルが貼られ、ミッションに沿った研究、教育を行うことを義務づけられる。
この制定のあおりを受けて、研究を主体にしてきた人にとって、地方大学や単科大学には住み辛くなり、他の大きな大学か私立大学へ移る動きが活発化することであろう。最大の欠点は、それでなくとも日本の大学はどこも金太郎飴のように、特色がないが、今後は更に金太郎飴化が進むことが危ぶまれる。

 人文系学部はいらない?
このように大学を各付けするばかりではなく、文科省から教員養成系・人文社会科学系学部の廃止、転換が通達された。人文社会系学問の社会貢献が低いとし、そのような学問は必要ないとのたまう。理系学問や経済、政治のような実用的な学問にのみ税金を投入すべきだというのが経団連の偉い人や政治家の考えみたいだ。社会に直接貢献しないからといって、人間の本質に関わる学問である哲学や社会学などを簡単に切り捨て、古典や歴史を捨て、シェイクスピアよりも英会話と一方的に決めつけて、それで健全な社会が築けるのであろうか?
何事にも無駄や遊びがなくして健全な社会は育たないし、研究でも直接役に立たない酵母や線虫の研究から時代を拓く画期的な概念が生まれている。日本の研究の将来が危ぶまれる。
スポンサーサイト


最近の記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。