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えせ科学それとも世紀の大発見?  常温核融合

2016年09月30日 11:55

 常温核融合の実用化?

一時期、TVでもてはやされていたが今ではすっかり言われなくなった「マイナスイオン効果や納豆キナーゼの効果」、はたまた、「がんの特効薬」などと、なんの根拠もない科学や、華々しくNatureに出版されたがすぐに捏造がばれた小保方さんのSTAP細胞事件など多くのえせ科学が世間を騒がしてきた。同様に、一時期もてはやされ、有望視されてた常温核融合という夢のクリンーンエネルギーも結局えせ科学だと葬り去られた。
 しかし死にかけた常温核融合が不死鳥のように蘇ってきたというのだ。

 核融合というのは原子の中心にある原子核同士がくっつくことでおこり、その際に膨大なエネルギーを放出する。太陽の輝きの源泉である。通常の核融合実験では原子核をプラズマという状態にして核融合を起こす「プラズマ核融合」でおこなうのだが、非常な高温と、プラズマ状態の原子核を閉じ込めておくための強力な磁場が必要である。それを発電システムに活用する「核融合炉」の実用化を目指し、フランスや日本などは、国際協力の下で「ITER(国際熱核融合実験炉)」の建設を進めている。核融合炉を実現するには、1億℃以上のプラズマ状態の反応場が必要になる。そのためには大掛かりな装置が必要となり、莫大な金がかかるため、計画は難航している。
 
 しかし常温で核融合を起こすことができれば、非常に安価に簡単に核融合を起こすことができる。「常温核融合」のアイデアを思いついたのはフライシュマンとポンズである。、核融合のネックが原子核同士を近付けることができないという点にあるのなら、プラズマやミューオン媒介といった物理学的手法ではなくなにか化学的手法でそれが実現できないか、というのが彼らの発想だった。高校の実験でもやる水の電気分解に少し手を加えることで水素原子核を金属棒にぎゅうぎゅうに詰め込んでこの問題を回避できるのではないかと考えた。これらは「凝集系核反応」と呼ばれ、金属内のように原子や電子が多数、集積した、状態で元素が変換する現象を指す。彼らが着目したのはパラジウムという物質であった。パラジウムに水素を詰め込むには、水の電気分解で、一方の電極にパラジウムを使えばよいと考えた。その実験で、電気分解をするために1ワットの電力を投入したのにたいし4ワットの発熱が得られた、と記者会見で発表し、夢のエネルギー実現化と大々的に取り上げられた。しかし様々な矛盾点が噴出し、いつの間にかインチキであろうとされていった。
 そのアイデアを発展させ日本の大阪大学の荒田吉明名誉教授は常温核融合の公開実験を行った。その際の手法は、酸化ジルコニウム・パラジウム合金を格子状のナノ構造にし、その構造内に重水素ガスを吹き込むと、常温で過剰熱とヘリウムが発生する、というもので、大気中の10万倍のヘリウムと30kJの熱が検出されたものである。しかしこの実験結果も解釈が違うとか、再現できないとかという理由でいつの間にか消えていった。

 しかししかし、その常温核融合が蘇ってきたというのである。
2014年4月に、日本経済新聞は、三菱重工の岩村グループが、「重水素を使い、少ないエネルギーで元素の種類を変える元素変換の基盤技術を確立した。」と報じた。また「トヨタグループの研究開発会社、豊田中央研究所も元素変換の研究を続けており、成果が出ているようだ。」とも報じた。

 続いて米国特許庁は2015年11月、凝集系核反応に関する米研究者からの特許申請を初めて受理し、特許として成立させた。これまでは、現在の物理学では理論的に説明できない現象に関して、特許は認めていなかった。特許が成立した技術名は、「重水素とナノサイズの金属の加圧による過剰エンタルピー」で、ここでもナノ構造の金属加工が技術上のポイントになっている。

さらに今年の5月にはアメリカ議会委員会は 「仮に凝集系核反応が実用化に移行した場合、革命的なエネルギー生産と畜エネルギーの技術になる」 とし凝集系核反応研究の現状を国家安全保障の観点から評価するように国防相に要請している。

 画期的な発見、発明ほど、常識ではありえないもので、当初はだれも信用してくれない。インチキだとか捏造だとか言われる。実際、多くの画期的だと思われたようなこと、韓国の黄禹錫(ファン・ウソク)のヒトの胚性幹細胞(ES細胞)や小保方さんのSTAP細胞などは実際にはなかった。
  だけどまだ確定したわけではないが、今回の常温核融合のようなこともあり得る。もし本当だったらエネルギー大革命を起こす世紀の大発見となる、日本とイタリアがこの研究分野をリードしているということも日本人として嬉しい。
 科学の社会ではある時もてはやされ、画期的な成果だと持ち上げられたことが事実ではなかったということや、反対に誰もがありえないとボロクソに言われていたことが、結局事実であったということがよくある。
 研究者ならだれでもそんなことはありえないとか、再現性がないなどの中傷を受けたことがあるであろう。特に、その研究領域の大御所から学会などの公開の場で科学的でない批判されると、その影響は大きい。科学的な批判であれば、科学的に反論できるが、根拠なく情緒的に批判されるとどうしようもない。どこへ行ってもあれインチキらしいよと、研究費も手に入らなくなる。こちらが正しいと分かると、何も言わなくなる。しかしその時負った負のイメージは消し去れない。
 私もこのような経験はよくしたが、その際、科学的でない批判には反論せず、少なくともこういう条件で実験すれば、このような結果になる、と結果に自信を持って答えることにしていた。
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