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播磨の古寺散策

2017年02月16日 14:44

昔の栄華を残す太山寺

 寒波の襲来の合間を縫って、小春日和の週末、今や訪れる人もいない、山里にひっそりと佇む播州の名刹を訪ねた。
神戸の町並みを外れ、明石に近い西区の山裾に佇む三身山太山寺(たいさんじ)。
本尊は薬師如来と十一面観音で奈良時代、藤原鎌足の発願で、長男・定恵が開山したと伝わる古刹。神戸唯一の国宝の本堂があり、仁王門と三重塔は国の重要文化財となっている。
建武中興(1334)の時は、朝敵鎌倉方を討つため後醍醐天皇の皇子で天台宗座主である大塔宮護良親王(だいとうのみや•もりよししんのう)の令旨を受けて(この時に活躍した赤松円心についてはブログで述べた)、衆徒はめざましい活躍をした。南北朝時代には南朝方として、この地方の一大法城として支院四十一ヶ坊・末寺八ヶ寺・末社六ヶ社を持ち僧兵も養い大いに賑わったが、世の中の変化、戦火によっての興亡・浮沈は著しく栄枯盛衰の言葉のごとく、今や当時の栄華の名残の仏塔を残すのみで、時代に取り残されたようにひっそりと佇む。
  しかし今も伽藍の規模から当時の繁栄が偲ばれる。山門を抜け、正面に国宝の本堂が、左手に阿弥陀堂がすぐ右手に3重の塔が見えて来る。
創建時の建物は1285年(弘安8年)の火災で焼失しており、本堂(写真1)は鎌倉時代(1300年頃)建て直された、密教本堂式と呼ばれる形態(写真2)で、入母屋造、銅板葺きの造りで、国宝に指定されている。堂内には本尊薬師如来像(写真3)が安置されている。
3重の塔(写真4−5)や阿弥陀堂は江戸時代前期に建てられたもので、阿弥陀如来坐像(重文)(写真6)は鎌倉時代の初期の定朝様の造りとなっている。

天高く澄み切った冬の青空の下、人一人としていない、広い境内を歩いていると伽藍から僧侶たちの読経が流れ、多くの参拝者で賑わっていた、往時が偲ばれる。

写真:1太山寺案内、写真2−3本堂(国宝)、写真4:薬師如来像、写真5−6:3重の塔、写真7:阿弥陀如来坐像





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