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幕末人物交流(3)

2008年07月05日 18:18

坂本竜馬

幕末の人物交流を書いてきて、坂本竜馬をぬかす訳にはいかない。竜馬は交通の発達していないしかも往来が制限されている幕末にあって、全国を飛び回り敵味方隔てず様々な人物と交流して、多くの人に影響を与え、幕府体制の崩壊に導いた。高杉晋作のような革命家とは異なり、実際に戦闘に加わる事は余りなかったが、自分の信念に基づき行動し、スーパーネゴシエーターとして大政奉還を成し遂げた。

坂本竜馬は1835年土佐藩の郷士の息子として生まれる。少年時代は寝小便をたれ、塾でも落ちこぼれる等、他の勤王の志士達の多くが才能あふれていたのに反し、秀才タイプの人物ではなかった。江戸に出て小千葉道場で剣術を学び北辰一刀流免許皆伝。師範代を務めた。剣客としても有名。脱藩。勝海舟に師事し、世界の情勢を学んだころから、倒幕して富国強兵に務め、近代国家を樹立しなければ、列強に植民地化されてしまうとの考えを持ち、古い体制を打ち破り、武士も町人も百姓もない議会制民主主義による近代国家の建設に向かって人生を賭ける事になる。海舟のもとで神戸海軍操練所の建設。長崎に貿易会社と政治結社を兼ねた亀山社中を、後に海援隊を結成。薩長連合を斡旋し、船中八策を策定する。これが明治政府における議会制の基本概念となった。更に大政奉還の成立に尽力した。岩倉具視は武力鎮圧を優先させ、倒幕の詔勅をとったが、その直前に竜馬の画策により、徳川慶喜による大政奉還宣言が2条城でなされ大きな混乱を防げた。竜馬は大きな目的を果したが、それからほどなくして京都河原町の近江屋にて中岡慎太郎とともに暗殺された。享年31才。墓所は京都東山霊山護国神社にあり中岡慎太郎ととなり合って眠っている。一度訪ねたいと思っていたが、未だ果せていない。
坂本竜馬はあまた輩出した幕末の志士の中で、一番人気のある人物であろう。気さくで、敵、味方を隔てず誰からも愛され、身分や家柄にとらわれず人物を登用し、なすべき事をなすように全力を尽くす人生を送った。幕末に何をなさねばならないかが一番分かっていた人物。当時の世界情勢に明るく、列強の植民地にならないために、開国、富国強兵を勧めた。内乱状態にせずに、西欧につけ込まれないような形で大政奉還させ、船中八策をもって議会民主主義を主体とする国家の確立を目指した。倒幕の最大功労者にもかかわらず、維新後の明治政府の要職にはつく気がなく、生前西郷隆盛には維新後は世界を相手に貿易したいと言っていた。権力に執着しない姿勢も当世人気のある理由か?

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