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蜘蛛の毒(Part2)

2008年08月30日 17:29

ある出会い

川合先生と出会ったのは今からもう25年くらい前になる。当時まだソビエト連邦で、共産党政権であった頃、ソ連アカデミー主宰の日ソ間のシグナル伝達のシンポジウムがモスクワで開かれて日本人が大挙して行ったときに、川合先生もその一員にいた。新潟からハバロフスクに飛び、一泊して、北極近くの小さな街を経由してモスクワにはいった。今ではその当時の記憶があまりないが、赤の広場、ロシア正教の教会やそこに飾られているイコン、とか確かボルガ川(モスクワ川?)のクルージングなどを覚えている。単独行動は許されず、常に団体行動で、ぞろぞろと行動を一緒にしたが、全てが予約制でレストランも簡単に入って食べられるというものでもなかった。また毎日肉団子のスープばっかりでうんざりしたのも覚えている。その時、ずーと行動が一緒だったため、川合先生と親しくなった。
川合先生はT大の神経科の医師であったが、学園紛争に巻き込まれ大学を離れて、東京都の研究所での研究に入った。どのような経緯で蜘蛛毒をやるようになったのかは聞いてないが、女郎蜘蛛の毒が神経毒である事や興奮性神経のグルタミン酸受容体をブロックすることを見つけ、その毒の構造を突き止めようと毎日、毎日蜘蛛採りに専念したという。伊豆の山の中を這いずり回り、あるときは泥棒と間違われ、あるときはスズメバチにさされ生死をさまよいながら女郎蜘蛛の毒腺を集めた。ある時、日本蜘蛛協会の方から、蜘蛛を集める協力をしようかとのさそいがあり、どのくらい欲しいのかと聞かれ、50,000匹といったところ、それきりになってしまったそうである。とにかく、2年間蜘蛛採りに専念し、やっと採れた毒腺からtoxinを取り出し、薬学の先生と共同でその構造を決めた。T大の医学部の先生が2年間蜘蛛採りに明け暮れたということだけをもってしても十分尊敬に値する。その経緯は「一寸の虫にも十分な毒」に分かり易く書かれている。驚く事に、日本の女郎蜘蛛からとられたtoxinが地理的に遠く離れたソ連の砂漠にすむ蜘蛛から採られたものと全く同じであった。全く異なった環境で日本とソ連で、独立して進化し、毒を持つようになったと思われる。
かなりの蜘蛛や蜂が毒成分としてポリアミンの一種であるスペルミンを持っているという。スペルミンは哺乳動物を含め広く動物界に存在しているポリアミンであるが、これにチロシンが付加してJSTX-3が作られたものであることが分かってきた。ポリアミンもチロシンもありふれた分子で、これらから作られた毒が蜘蛛のみならず蜂などの様々な種から見つかったとしても驚くにあたらない。判ってみれば、なるほどなと思えるのが科学である。

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