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風のかたみ

2008年09月29日 17:36

福永武彦(2)

風のかたみ

この作品は福永武彦の他の作風とはひと味異なった平安朝の物語。信濃から京にでてきた青年(大伴次郎信親)が入代が決まっている中納言の娘に恋心を抱くが、娘は忍んで会いにきた左大臣の末息子(安麿呂)と相愛の仲になる。しかし左大臣の息子は置かれた立場をわきまえ、恋をあきらめようとする。さらに、その姫に盗賊の不動丸が恋し、さらおうとし、笛師の娘「楓」は次郎信親に恋する。一人の人がある人に恋をし、その人はまたある人を好きになり、みんなそれぞれが好きなのだけど、その線路は交わらない。そしてみんな不幸になっていく。何を訴えたいのか、が読めない作品。孤独で相容れない心のありようと過度の潔癖さがもたらす不幸を訴えたかったのか?

「見渡す限り枯れ枯れとした尾花ばかりが連なっている野中の一本道を、武士らしい身ごしらえの一人の若者が、徒で急ぎ足に歩いていた。時刻は既に申の刻をすぎてもいようか、空は濃く薄く墨を流した様に濁り、太陽のありかも分からない。まだ本降りにはならないが、時折烈しく吹き付ける風に乗って冷たい滴が頬を濡らす。」一夜を過ごすことになった野中の一軒家。今にも崩れ落ちそうな古い六角堂で、人の住んでいる気配は見えない。その堂で陰陽道をするという法師と後から雨の中を飛び込んできた笛師の3人で一夜を過ごすことになる。真夜中、「雨は既にやみ、風のざわめきのみが芒の原を噴きすぎるが外もまた暗い。その中を、点々と火をともして行列がこちらに歩いてくる。鐘の音、念仏の声が次第に近づく。はや堂のすぐ近くまできたところを見ると、まぎれもなく葬式である。おかしなことだ。この時刻に葬式でもあるまいに。堂の中はひっそりとして陰陽師の起き上がってくる気配はない。」夜は明け、別れ別れになる。

次郎は京での身寄りの中納言家に世話になる。中納言家の姫は西ノ京の太秦にある屋形を、萩の花が今を盛りと咲く頃に訪れる。その屋形にやんごとない身分の若者が忍び、一首の歌をしたためた扇子を差し出す。若者は最初はほんの遊びのつもりであったが、お互いに恋心を抱き、忘れられなくなる。姫は入内して女御更衣の位に即くのと、今ここで若い大宮人のやさしい声を聞いているのと、どちらが仕合せというものかが分からなくなってきた。貴公子は左大臣の末の息子(安麿呂)で、年も若く、姿もうるわしかったので、とかく女たちに愛されたし、したがってまた好色の念が強かった。
ある夜、安麿呂は「堀川に住む或る女のところを訪ね、引き止められるのを振り切る様に帰路についた。空耳かなと顔を起こして夜空を見上げた。大内裏の美福門の厳しく鎖された門の前は先ほど通り過ぎたから、大路の右手は今や神泉苑である。塀の向こうには鬱蒼と樹々が茂っているはずで、夜目には見えないものの、風に吹かれて数知れない枝や幹や葉が一斉に揺れざわめく音がもの凄い。風が少し収まると梟が呼びかけるように啼く。そんな中、むこうから松明を持った一団がやってくる。門の影に隠れその一団をやり過ごそうとした。手に手提げた松明の焔が風になびいている。そこで息をのみ、思わず我が目を疑った。人ではない。身の丈は全て一丈ほどもある異形の者たちで、漆を塗ったような黒い顔に、髪がお泥に乱れという鬼たちの一団であった。百鬼夜行の一団であった。」しかし実はそれは不動丸という盗賊の一団であった。それ以来、あまりもの恐怖のため安麿呂は寝付いてしまう。
中納言の姫は一度会っただけの安麿呂を忘れることができず、次郎は中納言の姫に恋心を抱く。笛師の娘、楓は次郎に恋する。盗賊の頭で京の街を荒し回っている不動丸は、実は検非違使庁の尉で鬼判官との噂の高い男で、安麿呂とは幼友達であるが、これまた姫を好きになる。
  次郎は姫の願いを聞きもう一度姫を安麿呂に合わそうとする。しかし安麿呂は 「勇気か。そちは恐らく侍であろう。勇気というものを知っていよう。己は勇気とは関わりがない。己はあぶないことのできる男ではない。己たち禁中に仕えている者は、してよいことと、してはならぬこととの区別を弁えないでは暮らせぬ。恋をすることは気ままだが、御入内を目前にした姫君と恋をしてはならぬ。それが掟なのだ。」と姫に会う事を拒む。
次郎は今度は、姫をさらって阿弥陀ケ峰の山麓にお仕込め、自分に目が向くのを待ち続ける。しかし姫はいつまでも安麿呂が忘れられない。次郎はあきらめ姫を中納言家に返そうとするが、不動丸に姫をさらわれてしまう。次郎は検非違使の獄につながれ、笛師の娘の楓が助け出そうとし、検非違使の長である不動丸と次郎および楓は刺し違え、死んでしまう。安麿呂も病に身が細って、ともしびの消える様にはかなくなる。 

一人残された姫は出家して近江の国の小さな寺にこもる。ある日、陰陽師の法師がその庵を訪ねる。わたしのために次郎も、安麿呂さまも、みんな命を落とされました。わたくしだけが骸のような身を、こうして生きています。と一首の歌を詠む。
「跡もなき波行くふねにあらねども、風ぞむかしのかたみなりける」。

法師が再びいさら川の岸辺に出た時に、冷たい霧は水の表と沿岸の櫟林とを埋めて、もう笛の音も聞こえず、ただ川音にまじって秋の風が寂しく吹き抜けていくばかりだった。

心地よく冷たい秋の風が吹き始め、物悲しくなる夜長、このような小説を読んでみませんか?


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コメント

  1. くりくり | URL | -

    陰陽師がカギか?

    小学6年の時、作文で、京都は嵯峨野の山奥で庵をむすんで、念仏三昧の日々をおくりたい、と、将来の夢と題した作文を書いて、担任の先生から甚く心配された私。(たんに、平家物語の世界に憧れただけだったのですが、、。) さらにいえば、

    「跡もなき波行くふねにあらねども 
         風ぞむかしのかたみなりける」

    ‥‥といった、歌が詠めるような心境にいたい。
    と、あの頃、私の作文の最後を、そう締めくくっていれば、私の作文は完璧だったのかもしれない。(今となっては、内容など、何一つ覚えてないけれど、、。)

    と、思うほどに、しみじみと、染み入る歌です。

    左大臣の末息子という、貴公子あり、盗賊あり、検非違使庁の鬼判官を兼ねていて、笛師の娘までいて、あまつさえ、陰陽師の法師様まで登場するという、混沌とした世界。
    (ワクワクします。)

    さらに、AはBを恋し、BはCを恋し、CはDを恋し、DはAを恋するといった複雑な人間模様の絡み合いというのがまたいい。で、結局は、最期、破局へと至るわけです。
    綾なす恋はいずれも実ることなく、秋の風とともに、寂しく散っていった、、ということですよね。この侘び感がまたまたいい。

    まさに、私の好みの極みといったふうなのですが、さらに欲を言わせてもらうなら、自分の本心は、ぐっと心の奥底に秘めて、、、、みたいな、押さえた世界に惹かれるのですが、このお話は、それとは少し違うようですね、、、。(少し残念。)

    さて、そんなことは、どうでもよいのですが、
    最初と、最後に登場してくる、陰陽師の法師さま、、、。
    はてさて、私は、この法師さまが、重要な役目を担っているような気がしてなりません。何か、この物語の主題を解く鍵?のような役割、的、匂いがプンプン漂っている気がするのですが、いかがですか?

    この秋、ぜひ読んでみたい物語です。
    (でも、ペンペン様、福永氏の文庫本の多くはなぜか絶版になっているものが多いですよね。もしかして、これも、そうじゃないですか?また、図書館さがしまわらないと、、、。)







  2. とくとく | URL | -

    風のかたみ、私にとっては学ぶところの多い小説でした。
    この物語に登場する人物はみんな誰かに想いを寄せていますが、その表現方法は全員すべて異なります。
    私には誰が正しいとかはわかりませんが、一つ言えるのは、誰がどのような行動をとったからと言って誰かの想いが一番深いと言えるわけではないと言うことです。
    人の数だけ愛情表現の方法があり、みんな自分が正しいと思った道を行く、みな自分の想い定める道が正しいと信じて進むしかないのだというくだりが心にしみました(手元に本がないので、作者がどのような表現をしていたか記憶が定かではないのですが、たしかこんな感じのことを法師が言っていた気がします)。
    この物語では、みな自分の道を進んだ結果、お互いにすれ違い不幸な結末になるのですが、そうであっても自分の道を進むしかないのかと思うと切ないです。
    しかし、ここに出てくる人達は次郎も姫も楓も安麻呂も、相手のことを想いやるようであっても、結局その行動は自己満足に過ぎないですよね。
    なんだかんだ言って、結局恋愛なんて自己満足でしかないのかなぁとちょっと思ってしまいました。

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