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星々の悲しみ

2008年10月15日 09:23

またまた宮本輝

宮本輝に関してはすでに「青が散る」や「錦繍」を通して運命に翻弄される人の姿と運命にあがらいながら強く生きる姿を描き、その背景にでてくる美しい風景描写とともに、人の優しさ、悲しさ、逞しさを教えてくれることを述べた。

星々の悲しみ

最初に読んだ宮本輝の小説は「星々の悲しみ」であったが、なんとこのタイトルの哀しくて切ないこと。主人公「志水という青年、宮本輝本人」の青春を描いた小説。高校を卒業し予備校に入るが、勉強に熱が入らず、予備校にも通わず、図書館へ通いつめ、小説を読むことに青春を費やし、162冊の小説を読破した。

私の青春時代も、大学に入ったものの、将来の夢も希望も持てず、現実の重さが分かり始めてきた、大人への成長過程で、図書館で、河原で、公園で、お寺の石段で学校にも行かず300冊近くの小説を読んだ。小説の神に憑かれたかのように、なにもせずに、乱読した。幼い頃、トンボ採りや化石採りに熱中した憑きが小説に現れた。

そんな時、志水は二人の予備校生、有吉と草間に知り合い、一緒に「じゃこう」という喫茶店で時間をつぶすのを日課とする。そこには一枚の絵画が架けられている。「葉の茂った大木の下で少年がひとり眠っている。少年は麦わら帽子を顔にのせ両手を腹のところにおいて眠りこんでいるのである。大木の傍らに自転車が停めてあり、初夏の昼下がりらしい陽光がまわりを照らしている。さやかに風が吹いているのか、葉という葉がかすかに右から左へとなびいている。それだけの絵だった」絵の下に絵の題と作者名が書かれ「星々の悲しみ」島崎久男1960年没、享年20とある。この絵に魅せられた志水は隙を見て盗み出し、自分の部屋に飾り、木陰で眠る少年がなぜ星々の悲しみなのだろうと考える。有吉と草間は二人とも医学部志望であるが有吉は2枚目で秀才、一方の草間は3枚目で成績はクラスでも中位。2人はよく志水の家に遊びにくるうちに、草間は妹の加奈子を好きになり、加奈子は有吉に好意をいだく。後に新聞で画家の島崎久男は幼い頃から腎臓を病み、長い闘病生活の末に逝った青年だと知る。
夏が過ぎ、読書にある種の歓びと充実を感じる様になった9月。有吉が腰の病気で入院する。11月のある日。初冬の夕日が落ちてきていた。有吉はあおむけに寝て、首を窓にむけたまま、ぼくに話しかけようともせず、じっと暮れなずむ空に向けていた。「俺、なにをやっても、あいつには勝たれへんような気がしてたけど、やっぱりそうやったなあ」。と有吉がつぶやく。でも「草間のやつ、俺の妹に気があるんやけど、妹はお前のことが好きなんや」というと。いきなり、有吉は「―――俺は、犬猫以下の人間や」と叫ぶ。その叫びに「ぼくは烈しい恐怖と憂愁に、夕暮れの彼方から手招きされているような気持ちにつつまれたのだった。逃れようのない決定的な絶望に勝つためには、人間は祈るしかない筈だった」。それから20日して有吉は亡くなる。

絵を返そうと思い、絵をじっと見つめていると、絵の作者は、自分の死んでいる姿を描いたのだと思えてきた。ぼくは、葉の繁った大木の下に有吉を横たわらせ,そのとてもきれいな死に顔を麦わら帽で隠した。

冬の寒い朝。妹と絵を返しに自転車で「じゃこう」に走った。ぼくは有吉が言った言葉を思い出した。それは、俺は、犬猫以下だという言葉であった。有吉はもうきっとあのとき、死を予感していたのに違いなかった。人間は一瞬のうち変わっていくのだと、僕は思った。
この作品は、鋭敏で優しい少年がもつ絶対的な抒情、ものごとの本質を見抜く目を的確に表現し、みずみずしい感性と言葉によってそれをうたいあげた小説。
この本がきっかけとなり、宮本輝フアンとなった。それにしても彼の作品はいつも命の儚さ、運命の不条理をなげかけてきてつらい。


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コメント

  1. とくとく | URL | -

    小説にはそれを読む適齢期があると言いますが、この小説、私は高校生の頃に読みたかったです。
    青春時代特有ともいえるこの透明感と危うさは大人になってしまってからでは思い出すことは出来ても、共感することは難しいものです。
    澄んだ湖のような小説だと思いました。
    受験から逃げ続けている主人公、夢を持ちながら若くして亡くなってしまう友人、そのやり切れなさのようなものが「星々の悲しみ」というタイトルにきれいに集約されていく感じがしました。

  2. 坊さん | URL | FiRcCUAY

    Re: 星々の悲しみ

    僕は高校三年生の男子です。
    今日宮本輝の星々の悲しみを読みました。

    僕は将来生物学(動物学)を
    大学で勉強しようと思ってます。

    星々の悲しみはどこか切ない
    感じがして、この時期に読めてよかったです。

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