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志水辰夫の世界 (part 2)

2008年11月11日 14:57

少年の純な恋

志水辰夫は推理小説作家としてデビューしたが、小品の中に佳作が多いという事はすでに述べた。その作品の多くは、初老期に入った男の心の揺れ、切なさ、消え行く命の灯火、生き様を優しい目で書き上げた作品と光り輝く青春時代を振り返って、あの頃うまく事を運ぶことの出来なかった純な少年の恋を書いたものに分けられる。
青春の純な少年の恋。

「忘れ水の記」

30年ぶりに小学校5年から高校1年まで過ごした地方のその頃お世話になった家族の墓参りに訪れ、中学生の頃、憧れていた女性、羽生田郁子が経営していた温泉旅館に泊まる。郁子はすでに今から13年前にドイツの旅行中に交通事故で夫とともに亡くなり、今は一人娘の由紀子が女将を務めていた。
高徳寺の墓は石段を200段登ったところにある。お世話になった桑原夫妻の墓は白壁で囲まれた一角にあり、羽生田家の墓は寺の右手の大きな墓地の中にあった。その墓に至る山道には戦国時代に毛利に敗れ、落ち延びてきた尼子勢をまつった古い五輪の塔がならんでいる。この五輪塔の前で羽生田郁子にあったのは高校1年の夏休みのことだった。私はその頃この田舎がいやで、東京の高校に転入することを決意していた。「東京へ行っていた」嘘がつけなくてそういった。郁子の目が大きくなった。わたしの言葉が彼女を怯えさせたのだと分かった。「東京へ帰るのね」それだけで傷ついた顔になって郁子は言った。
その後、東京の母親の元に転居した。そして高校3年の夏、郁子は仕事できた母親について上京してきた。2年足らずの間に郁子は見違えるほど成長していた。さなぎが蝶になろうとしている。表情に、挙措に、自信と生気がみなぎっていた。わたしは自分の振り捨ててきたものに対してはじめて、悔いと、痛みと、齟齬とをおぼえた。本当に必要だったものまで捨ててしまったのではないかという疑問が、それ以後今日までずっとつきまとうことになる。

大学卒業直前にもここを訪れ、羽生田館に2泊している。桑原医師の墓参りという口実だったが、本当はもう一度郁子に会いたいという気持の方が強かった。郁子は和服姿が板についた旅館の若女将としてわたしの前へ姿を現した。表情がいっそう豊かになり、話かたが洗練されて、とても同い年の女性にはみえなかった。わたしはふたりの間に流れた別々の時間を思った。「秋に結婚します」彼女は端正に正座して言った。
いつの間にか日がくれ、地軸の傾いたような夜を迎えた。雨の音にかき消されてしまいそうな静かな夜だった。手すりに寄りかかってハクモクレンの木を見上げていた。細かい葉脈のひとつひとつが下からの光を受けて克明に見えている。築山に立っている水銀灯が白い光を地上から放射しているせいだった。糸を引いて落ちている雨と、わずかな波紋を描いている池に動きがあるほか、全ては静謐。あの時も二日目から雨になった。わたくしはいたずら半分、ハンカチでてるてる坊主を作ってハクモクレンの枝に吊るした。それを見た彼女は「こんど雨が降ったら、このてるてる坊主にお願いしてみるわね」と言った。

今回も、思い立っててるてる坊主を作りハクモクレンの枝に吊るした。夜のみ回りにきた女将の由紀子に見つかってしまった。あらと声を上げて近づいてきた。朝になったら片付けますから。由紀子はほほえみを浮かべたままかぶりを振った。それから小首を掲げててるてる坊主を見やり、こちらに向き直ると息をはずませ、懐かしそうに言った。「母をごぞんじだったんですね」

この作家はなんと結末のつけかたがうまいのであろう。この作品では「母をごぞんじだったんですね」で終わり、「7年の後」という作品では、早く亡くなった同僚の娘の学費のたしにと。7年間、毎月送り続けその娘が大学の卒業祝いにまた当時の同僚達が集まる。母が今日のお客様に児玉さんをお招きすると言い出した時、わたし、はじめ、どうしてっと聞き返したくらいです。まったく存じ上げない方だと思っていましたから。しかし、幼少時のおぼろげな思い出が次第に焦点を結びはじめ「でも今ははっきり分かります。誰がわたしの足ながおじさんだったか」わたしは黙ってかぶりを振っていた。足ながおじさんなど存在しなかった。「あれはなんとかして心の隙間を埋めなければならなかった男の見てきた、たったひとつの夢だった」で文章を終えている。多くを語らず、余韻を残して終わる、なんと難しいことだろう。

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コメント

  1. とくとく | URL | -

    「忘れ水の記」でも「7年の後」でも多くを語らず読者に想像の幅を広く残して終わる、志水辰夫の終わり方は本当にすばらしいと思います。
    普通の小説は起承転結がありますが、この作品は起承転で終わっているので余計印象に残るのかもしれません。
    多くを説明することで感動させる小説の多い中で、説明らしい説明をほとんどしないことで心に暖かい衝撃を与える作風が新鮮で、他の作品も読んでみたいと思いました。

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