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大和路

2008年11月15日 13:10

大和路に点在する古き寺院を解説した書物として和辻哲郎の「古寺巡礼」や亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」と堀辰雄の「大和路」があるが、なかでも大和路は平易にしかし奈良の寺院や自然にたいして、愛情に溢れた美しい文章でかかれ一番好きだ.

 今はもう晩秋。山々の紅葉が漸く麓におりてきて、都会の街路樹も色づき始めた。秋の宵。まばらになった樹々の葉が雨に打たれ、街路灯にひかり、わびしい佇まいを見せている。そんな夜、蒼天の大和路を訪ねることを夢想している。人がまばらになった古い寺院の境内や民家の白壁越しに覗く取り残された熟した柿。すでに刈り取られた稲田。小川に沿って繋がる小道の樹々も黄色や朱色に変わりかかる。山里全体が真っ赤に染め上げるような派手さや、きれいさはないが小さな赤く熟れた木の実を見つけただけで幸せな気分になれる。これぞまさに日本古来の風景。「大和は国のまほろば たたなづく青垣 山こもれる 大和しうるはし」だ。

大和路 堀辰雄

 私の最もお気に入りの寺院は浄瑠璃寺だ。正確に言えば奈良と京都の境にあり、大和とは言い難いかもしれない。浄瑠璃寺は吉祥天女像で有名なお寺だが、観光コースから外れているため、存外、人は少なくひなびた昔の佇まいを残している。晴天の晩秋、浄瑠璃寺から岩船寺に抜ける山道を歩くのが最高。春もまた秋とは全く違った佇まいを浄瑠璃寺は見せてくれる。堀辰雄が浄瑠璃寺を訪ねたのは、早春馬酔木の花がさき誇っていた頃だ。

「この春、僕はまえから一種の憧れをもっていた馬酔木の花を大和路のいたるところで見ることができた」
「そのなかでも一番印象ぶかかったのは、奈良へ著いたすぐそのあくる朝、途中の山道に咲いていた蒲公英や薺のような花にもひとりでに目がとまって、なんとなく懐かしいような旅びとらしい気分で、二時間あまりも歩きつづけたのち、漸っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見いだしたときだった」

最初、僕たちはその何んの構えもない小さな門を寺の門だとは気づかずに危く其処を通りこしそうになった。その途端、その門の奥のほうの、一本の花ざかりの緋桃の木のうえに、突然なんだかはっとするようなもの、――ふいとそのあたりを翔け去ったこの世ならぬ美しい色をした鳥の翼のようなものが、自分の目にはいって、おやと思って、そこに足を止めた。それが浄瑠璃寺の塔の錆ついた九輪だったのである。」と浄瑠璃寺を紹介している。

堀辰雄は秋篠寺のことはこう書いている。「秋篠寺という寺の、秋草のなかに寐そべって、これを書いている。いましがた、ここのすこし荒れた御堂にある伎芸天女の像をしみじみと見てきたばかりのところだ。このミュウズの像はなんだか僕たちのもののような気がせられて、わけてもお慕わしい。朱(あか)い髪をし、おおどかな御顔だけすっかり香(こう)にお灼(や)けになって、右手を胸のあたりにもちあげて軽く印を結ばれながら、すこし伏せ目にこちらを見下ろされ、いまにも何かおっしゃられそうな様子をなすってお立ちになっていられた」と親しみをもって伎芸天女の印象を述べている。
 此処はなかなかいい村だ。寺もいい。いかにもそんな村のお寺らしくしているところがいい。そうしてこんな何気ない御堂のなかに、ずっと昔から、こういう匂いの高い天女の像が身をひそませていてくだすったのかとおもうと、本当にありがたい。

こんな紹介を読むと、思いが胸の中でどんどん膨らみ、このいい季節に行ってみようとの願望が膨らむ。枯れた寂しい冬の柔らかい日差しの中、訪れるのもいいかもしれない。

たまには日常の忙しさ、生活から逃れて、古寺を訪ね、田舎路を歩いて、心に溜まった残滓を洗い流すことをお勧めします。

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