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研究職と非研究職

2014年05月20日 18:12

 研究者はもっと社会に飛び出よう

  前にも研究職の就職難のことをブログで書いた。その原因は社会での需要も考えずに政府が博士課程の定員を大幅に増やしたことにあった。ポジションを増やさずに博士を増した結果、当然の事ながら卒業しても行きどころがない博士取得者が増え、社会問題になった。全ての博士取得者が研究職につけるポストは当然無い。いきおい、競争が激しくなり、一つのアカデミックなポストに何十人もが殺到するということになった。このようなひどい状況が続いたため、政府はポスドクを大幅に増やし、それで急場をしのごうとした。しかしポスドクは永久のポストではないので、問題を先延ばしにしただけである。そこで今度は任期制のポジションを増やしてそれにあてるという応急処置を取っている。しかしこのポストとて一時的なもので、世の中でよく言われる非正規職員なので任期のない正規職員にならなければならない。事態はちっとも改善していない。

少子高齢化社会にあって、研究職のポジションは増える見込みは立たない。今いる大勢のポスドクを含む非正規職員の行く末をどうしたらいいのであろうか?どう考えても博士所得者を研究職以外のポジションに活用して行くしかすべは無い。博士課程で学んだ科学的な論理構成のしっかりした考え方、より深い研究分野の掘り下げ、論理的文章の書き方など様々な優れたskillを社会に生かさない手はない。

 そんな折、ScienceのEditor-in-Chiefが書いた研究室の外での活躍を推進しようと言う巻頭言が載った。
    Think Outside the Lab (Science 344, 672, 2014)

 先月US National Science Foundation(NSF)はScience, Technology, Engineering, Mathematics (STEM)、の博士卒業者の惨めな現状についてレポートしている。それによると、それらの博士取得者の失業率が上昇し2010年には2.4%に達した。それらは全てのアメリカでの労働者の失業率(8.2%)よりも低いけれど、多くの年月、専門的な教育やトレーニングに投資して来た優秀な学生にとって失望するものであった。さらに、NSFの調査によれば、2008年には科学、工学、生命科学での博士取得者のわずか16%しかドクター取得3年以内にアカデミアでのポジションを得ていない。

しかし研究室以外のポジションにも目を向けそちらの方向に進む事を考えているSTEM doctorにとっては雇用の見通しは改善してきている。
最近、私は非研究職雇用へのアドバイスをおこなうScience Carrier Webinarという会に参加した。この活動はまさにタイムリーで前もってWebinarに登録する人は6000人にも及んだ。それはこのcarrier 達が参加する他のWebinarの平均よりも遙かに多かった。そこでUS National Institute of HealthのPostdoctoral service 室のdirectorのDr. ConlanやBoeing 社のgeopolitical affairsのdirectorのDr. Goelと一緒になった。
 様々な非研究職ポジションの出現で我々自身情熱を追い求めることが可能になり、それが自身のcarrierを追求しつつ家庭と仕事のバランスを保つ柔軟さを与えるということで我々の意見が一致した。我々が非研究職のCarrierに移ったとしても、それはちっとも残念なことではなくむしろchallenging なととだと言える。

Webinar の参加者が昔からの博士過程のプログラムでは十分にカバーできない非研究職において重要なskillについて質問した。

非研究職で必要なskill, まず、communication のskillがそのリストのトップにあげられる。特に、様々な人々へ複雑な科学の概念を説明する能力。これに関連して、如何に科学が他の分野へ応用できるかを理解する第一歩となる様々な事を聞く能力。リストのトップにくる他のものとして、如何に自分の長所と短所を認識し、問題を最良の状態に持って行けるか、バラバラのチームをまとめあげ個人ではなし得ないものを作り上げて行くことが出来るかがあげられる。
驚く事に、多くの博士研究者は受けて来たトレーニングや経験で得たskillに自信過剰になっていることを自覚できていないし、彼らが思っているよりもそのskillが外部のポジションに適していることを認識出来ていない。
長期にわたってあるプロジェクト遂行に様々な専門の同僚と協力し合ったり、研究計画書を提出するのに、複雑な領域の案を立案するのに、大量のデータを解析するのに、有意義に委員会の活動に貢献するのに、研究室以外のskillを要求される。

STEM領域での博士の専攻で社会へのドアが閉められるというより開くと考えられる。しかしこのドアを開くのは容易ではない。いろいろなポジションに申請する前に、申請者は自分の経験の広さを考えるべきであり、自身を素直に評価すべきである。チームの一員として働くのに適しているのか?それともリーダーとして働くのに適しているのか? 何を最も評価するのか。正しい問題を解決できるのか? 正確に解決できるのか? 仕事を完了できるのか?如何に仕事に対して感じているのか?
laboから移る事を考えている人はおおぜいいる。この転職は全てのcarrier levelで、様々なmotivationで起っている。理由がどうあれ、多くの人がこの路を取り成功している。諸君も同様に研究室から飛び出し活躍できる。

 やはり多くの博士研究者の経験を生かして、研究職以外の職業、ベンチャー企業、官僚、企業での将来計画、企画の立案に携わる人を増やし、博士過程をでた人材の優秀なskillを認めてもらう事が必要であろう。高度に細分化した専門分野とそれを応用した製品は爆発的に増えている。博士課程でトレーニングされた能力の持ち主でないとそのような分野に対応できない。
 言ってみれば、理系博士取得者の活躍の場は研究室外にも広がっている。一人でコツコツ研究するよりも、大勢の人とかかわっているのが好きな人、マネージメントなどの管理能力のある人、科学技術政策作りに興味のある人などは積極的に研究室の外で活躍する事を考えてみよう。

open access ジャーナル の光と影

2013年12月27日 18:28

Open access journal の問題点
今年も早いものでもう御用納め。今年は皆さんにとって良い年であっただろうか?研究で興奮するような結果が得られたであろうか?
来年こそ良い年で、研究も益々の発展しますように。

研究者にとって研究成果の発表をどのジャーナルに投稿するかは大関心事である。最近では投稿の手続きが簡単で、短期間で掲載されるネットのopen access journalの人気が高い。そのようなopen access journalについての警告がScience 342, 57-74 (2013)に載った。かいつまんで言えば下記のようになる。

旧来のジャーナルは投稿者の誠実さへの信用とpeer review制度の信用の下に成り立って来た。しかしそのような信用はopen accessのネットジャーナルが出現し、失墜してしまった。旧来のジャーナルは雑誌の購読料をとって成り立って来た。しかしopen access のジャーナルは掲載料を取る事で営利を得ている。そのような方式だと利益は出版量に比例して増大するので、当然膨大な数のこなせるネットでの取引となり、審査を楽にして出来るだけ多くの論文を掲載しようとする商業主義がまかり通る。ネット上に掲載するopen accessには多くの正当なジャーナルも含まれているが、ひどいものも横行している。

 ためしに、John Bohannon 氏は全くの捏造論文を304のopen accessジャーナルに投稿してみた。そうすると半数以上のジャーナルにacceptされたという。手軽なため余りにもopen accessのジャーナルが増え過ぎ、科学論文の信用性を確保できない。今や匿名のreview systemは機能できなくなって来た。
新しく作られたopen accessのジャーナルはインドや中国発信などのものが多く、これらの大半は新規性や正確さに関係なくpeer reviewとうたっていてもほとんどがフリーパスで、金儲けのためのジャーナルである事が多い。出来るだけ多く投稿させて掲載し、その掲載料で儲けるという仕組みになっている。

  全く存在しない人物名で、全く存在しない研究所名でJournal of Natural Pharmaceuticalsにでたらめの(架空の)論文を投稿してみた。すると2ヶ月後にはacceptされてしまった。その論文は即座にrejectされるべきひどい論文であったし、高校生クラスの化学の知識があれば論文の欠点に気づきうる程度の論文であった。そこで論文を上で述べたように、304のopen accessのジャーナルに投稿してみた所、半分以上のジャーナルでその致命的な捏造に気づかれず、採択されたという訳だ。
 それらのジャーナルの編集部の存在場所と掲載料を徴収する銀行の場所を特定してみた。するとほとんどが発展途上国に存在しており、掲載料はnet bankingで決済されていた。Journal of Natural Pharmaceuticalsはインドのムンバイに拠点を置くMedknowという会社が発行している270以上のジャーナルの一つであるが、それらのジャーナルには毎月200万回以上のdownloadがある。

open access のジャーナルとして成功した代表的なものにPLOSがある。PLOSは2000年に立ち上げられ、2006年からPLOS ONEが発刊され、現在一巻あたり最大の発行部数をほこる。PLOS ONEは倫理上の問題をclearし、内容が正確であれば重要性を問わないという方針で、多くの投稿論文を集め、年に7000以上の論文が掲載料(1350ドル)払って掲載されている。という事はPLOS ONEだけで年10億以上の稼ぎがあるということだ。

当然の事ながら資本主義社会, このような美味しい話を見逃す訳も無く、続々とopen accessのジャーナルが発刊された。PLOSのようにreviewが編集方針に基づいて行なわれて、質のいい論文を集めているジャーナルはそれでいいが、一応review systemを取るという形にして、多くの論文を集め、お金さえ払えばほとんどfreeで通してしまうという、悪どいジャーナルも横行している。

投稿に際して、そのようなジャーナルに気をつけ、安易に投稿しないという姿勢が大切であろう。ちゃんと実験し、きれいなデータをまとめた結果をこのようなジャーナルに掲載したら、逆にその論文の価値を下げかねない。
しかしドクターを取る資格としてpeer reviewのある英文誌への掲載をうたった大学が多い。ただ博士を取りたいだけの人にはこれらは好都合なジャーナルであるかもしれない。でもこれでは益々博士の質が下がるというものだ。

open accessのon-lineジャーナルへの投稿は確かに早くて簡便であるが、そこにある落とし穴には注意が必要だ。特に高い掲載料をとる商業ベースのジャーナルには引っかからないように、ジャーナルの善し悪しを見分けることが必要だ。

インパクトファクター(2012)は凪状態

2013年07月01日 18:44

変わり映えのないインパクトファクター

否応無しに研究者に取って意識させられるのはインパクトファクターである。通常はインパクトファクターの高い雑誌に掲載されることは嬉しいが、それ程のこだわりはない。しかし新たなポストを探す時などにはインパクトファクターが重要な意味を持ってくる。学校によってはインパクトファクターの高いジャーナルを要求される事もあるし、全ての論文の総引用が4000とか5000以上で足切りされるという事もしばしば聞く。研究は少し分野が変わるとその重要性を理解する事が難しい。インパクトファクターで比較すれば簡単に優劣がつけられる。そのため評価の時インパクトファクターが重宝される。

2012年のインパクトファクターが発表された。こんなことも珍しいが今年は波乱も無くほぼ昨年と同じ傾向であった。新たな研究動向、iPSやmiRNAなどの研究が一段落したためか?
New England J Med.の51.658を筆頭に、Lancet(39.06)と臨床のジャーナルが1、2位を占めたのも昨年同様。それに続いて基礎系のトップがNatureでIF:38.597,更に Nat Gent(35.208),Cell(31.957),Science(31.027)と続き、30以上で順位も昨年と全く同じ。相変わらず御三家は強い。そしてNat Immunol(26.199), Cell Stem Cell(25.315),Cancer Cell(24.755),Nat Methods(23.565), Nat Med(22.864), Nat Chem(21.757), Nat Cell Biol(20.761)と続き、軒並みCell及びNatureの姉妹紙が独占状態の20以上の超一流誌。

20以下はImmunity(19.795)が他に水をあけ、Brit Med J(15.766),Neuron(15.766), Mol Cell(15.28), Plos Med(15.253), Nat Neurosci(15.251), Circulation(15.202), Cell Metabo1(4.619),Genome Res(14.397), Natl Cancer Inst(14.336),J Exp Med(13.214), Nat Chem Biol(12.948), Dev Cell(12.861), J Clin Inv(12.812), PLos Biol(12.69), Gene Dev(12.444),Hepatology(12.003), Nat Struct Mol Biol(11.902), Cir Res(11.861), AM J Human Genet(11.201)と続く。昨年10以上に入ったJ Cell Biolは今年もその地位を保って10.822と検討。Cell Res(10.526), Genome Biol(10.288), Nat Commun(10.015)までが10以上で一流誌。これを見ても分かるようにCell 関係の姉妹紙が5誌、Nature関係の姉妹紙が4誌この中に入っている。そのためか学会誌の多くは10以下にキックアウトされている。

10 以下5まで多くのJournal がひしめいている。Brain(9.822), EMBO J(9.822), Proc Natl Acad Sci(9.737), Curr Biol(9.494)と続くが、EMBO J, PNASやCurr Biol は悲願の10以上にはならず。Blood(9.06), Cytokine growth FR(8.831)に続く、 Cancer Resは昨年(7.856)より伸びて8.65と躍進。更にPLos Get(8.517), Cell Death Diff(8.371), Nucleic Acid Res(8.278), PLos Pathlog(8.137)と続く。Nat Protocは昨年の9.924から7.96へとNatureの姉妹紙では唯一大幅に落ちた。Diabetes(7.895), EMBO Mol Med(7.795), Stem Cell(7.692), Human Mol Genet(7.648),Sci Signal(7.648), J Pathol(7.585), Oncogene(7.257), J Mol Cell Biol(7.308), Mol Cell Proteomics (7.241), EMBO Rep (7.189), J Neurosci (6.908), Physiol (6.762), Mol Onc (6.701), Development (6.208), J Cell Sci (5.877), Aging Cell (5.705), FASEB J (5.704), J Immunol (5.52)、Mol Cell Biolが5.372と多くのジャーナルがこの範囲(IF:8-5)にひしめき、 ここまでが5以上でいわゆる中堅誌。

5以下はBBA Mol Basis Disease (4.91), BBA Mol Cell Res (4.808), Biochem J (4.654), Traffic (4.652), old brandのJ Biol Chem は昨年の4.773から4.651へとさらに低落傾向が続いている。Mol Biol Cell も昨年の4.942から4.604へと低落。 Metabolomics (4.433), J Lipid Res (4.386), BBA Mol Cell Biol Lipid (4.134), Proteomics (4.132)で new faceで人気のPLos One(3.73)もどうした事か昨年(4.092)よりIFを落した。

国内の生命科学関係の英文誌は全て低空飛行であるが昨年に比べて上昇傾向にある。 Cancer Sci(3.479、昨年は3.325), Gene Cells (2.731,昨年は2.68), J Biochem (2.719, 昨年は2.371)。 しかし最下位のCell Strut Functは1.647と昨年より更に落ち込んでしまった。

今年は殆ど昨年と同じ傾向で、目新しさはあまりないが強いて言えば、Nat Communの躍進で昨年初めて出たIFが7.396それが今年は10.015と大幅に伸び、Natureの名前の欲しい人の穴場だったのもつかぬ間、上位グループへと駆け上がってしまった。一方、同じようなjournalのSci Signalは昨年の7,499から7.648と殆ど変わらず、Science誌に比べ相変わらずNature誌の戦略はうまい。また最近は流行に乗ってプロテオームやメタボローム関係のjournalが増えてMol Cell Proteomicsが7.251,Metabolomicsが4.433でProteomicsが4.132とまだIFは低いがじわじわと上昇している。またJBCの凋落がいつになったら止まるのだろう。昔はJBCに出す事がステータスであり、お世話になった身としては早く復活して7点代くらいまで上昇して欲しいと願うばかり。

研究職も就職難

2013年03月18日 18:32

ドクターは取ったけど

昨今、大学を出たからといって簡単に就職できる訳ではない。一つには企業の求める人材と実際に卒業してくる学生の間に大きなギャップがある。昔は、企業は大学での教育などあてにしないで、潜在的に優秀な学生を採って、自前で会社に必要な教育をした。今は、どこの企業も余裕が無いため、即戦力で、すぐに役立つような学生をとりたがる。
一方、学生の方は少しは変わったといえども,目的意識をもって勉強していないし、従来同様古くさい学問(知識の詰め込み)を勉強している。ある程度、面白く論理のきいた文章を書き、前向きな話もするが、誰の話を聞いても同じような事を言い、金太郎あめそのもので,個性が感じられない。一通り優秀なのだけどそれ以上でもないしそれ以下でもないし、覇気がない。

では研究職とくに大学、研究所への就職の場合どうであろうか?なにしろ政府が博士課程の定員を現状を考えずに大幅に増やしたため、多くの博士課程修了者がでるが、それに似合ったポストの数がない。問題なのは博士課程を出ても一人で研究が出来ない。論理的思考に欠け、自分に都合のいい解釈をする。また自分のデータよりも、すでに出ている論文のデータを信じ、それに合わないから自分のデータが間違っていると思い込む。英語で論文が書けないなど、明らかに博士の質が低下している、など学生側にも問題はあるが、そんな問題を越えて、アカデミアへの就職は遙かに厳しい。

非常に優秀な者は大学院を出て直ぐに助教のポストにつく者もいるが、大多数はポスドクをすることになる。いったんポスドクをするとなかなか助教に上がれない。なにしろ一名の助教の公募に50人も100人も応募する状況では、不可能に近い。ポスドクをあちらこちらで繰り返し、渡り歩く度にテーマが変わり,益々研究の質が低下してしまう。そして気がついてみれば40歳近くになってポスドクの年齢を越えてしまう。こうなると悲惨。

そんな困難な競争を勝ち抜くにはどうすればいいのか?決まった答えがある訳ではないが、少しばかり長く生きて来た年寄からのアドバイス。

当然ながら、第一に面白い現象を研究し、質の良い論文を超一流紙に複数書いている人は向う所敵無し、簡単にポストが得られる。しかし、Nature, Cell, Science (NCS)誌に筆頭著者として論文を発表している学生、ポスドクがそんなにいる訳ではない。たとえ、それらの姉妹紙への掲載を考慮しても非常に少ない。とすれば、他の要素が重要視されるということ。

その要素として大きいのは、iPSやmiRNAなどのようにこれからも領域が拡大し、応用が大きいと予想される分野で研究し、そこそこの論文がある事で、ポストが得られる確率はうんと上がる。流行に早いうちに乗れである。第三は、掲載誌のランクはそれ程でもないが、毎年着実に研究成果を論文として発表し、よくやっているとの成果がうかがわれることと、数が少ないがその中にインパクトファクターが7−10クラスの専門分野でのトップのジャーナルへの掲載があること。
第四は毎年のように学会で積極的に発表し、同じ分野の研究者と交流し、人間関係ネットワークを構築しておこう。論文は読んでくれないが、どこかのボスが学会の片隅で発表を聞いていて、研究が印象深く面白ければ、採用時に候補として別枠で考えてくれることもある。
第五はサイエンス以外の要素、これは思っているより重要なのだけど、ボスが推薦してくれ、人物の良さを売りにしてくれる事。研究室は小企業、零細企業と同じで,研究室の経理、運営、管理、学生の指導、教育など研究面以外にやらなければいけない事が山ほどある。という事はこれらの雑用を率先してやってくれるスタッフが絶対に必要だという事である。だからそこそこに研究ができ、そして人格が温和で協調性があり研究室の運営を文句言わずにやってくれる人は非常にありがたく、採用にあったってかなりの上乗せ点がつく。
ただし採用にあたって、2−3人に絞った後、どのような場合もプリゼンを求められる。分かり易く、簡潔に自分の研究を説明する能力は必要だ。論文などの実績で劣っていてもプリゼンで逆転する事は少なくない。よって、研究目的、何を明らかにしたか、研究の意義、独創性、将来展望などをいれて分かり易いスライドを作ろう。

どの点を重要視するかは大学によって研究室によって違う。旧帝大クラスの大学は研究重視の研究室が多く、まず研究の質の高さ、(多くの場合インパクトファクターの高い論文数)が判断基準の一番にくる。自分が属している研究室から一流ジャーナルへの論文が出ていない場合、どうするか?多分、その研究室に残っていても一流ジャーナルへの掲載は難しいであろう。そこでどうしても研究者として成功し、big laboを主宰することを目指す野心的な人は欧米の名の通ったボスの所へ留学する方が良い。欧米の一流の研究室では一流のジャーナルに論文を載せるチャンスが飛躍的に上がる。もしそれで、NCS誌に数報発表することができれば、帰国して良い研究室に職を得られる確率や独立して自分の研究室を持てる確率はうんと上がる。
しかし多くの地方国立大学や私立大学の研究室では研究と教育や教室運営への比重が逆転する。この場合は、人がいいとか教育熱心という評価が価値を高める。
採用にあたって、研究室の誰かに評判を聞かれる。その際、変わり者だとか、協力しないとか、データが汚いとかのネガテイブの評価をされない様、日本社会では何よりも人間性に問題ありとされるのが一番嫌われる、周りに敵を作らない事。
でもNCS誌に多数出して、研究のトップを走っている人には、そんなこと全く関係ないが。

変化に適応できないものは滅びる

2013年02月26日 17:41

今起こっている大変革に目をつぶり適応できない

They never saw it coming.(Science 339,373 2013)
Norman R. Augustine (Lockheed Martin Corporationの元会長)

恐竜は太古の時代みんな滅んでしまった。先日のロシアに落ちた隕石のことを思うに、あんなに小さい隕石でもあれ程の被害があるのだから、宇宙の小惑星がユカタン半島に激突して粉塵が舞い上がり太陽の光が遮られて氷河期が来て、恐竜が滅んでしまったというのも説得感がある。
Science誌にロッキード前会長のAugustine氏が「めまぐるしい技術革新によって昨日まで頻繁に使われていた物が新たに台頭して来た物に駆逐され、未来を担う高等教育でも根本的に異なった概念の登場で教育制度が揺らいでいる」。その変化に適応できない物や組織は滅んでしまうだろう。という文章を載せている。

恐竜に限らず、殆どの物は滅んで行く。ビデオカセットレコーダー、カーボン紙や機械的タイプライターを思い出してみたら良い。生き残って行くのは最強の種でもないし、知能を持っている物でもなく、変化に適応できるものだ。民主主義国家、自由主義国家において、このような時代アメリカに一番の強みをもたらすもの, また一番変化に抵抗するのは高等教育であろう? あまり変化の無い時代、宗教学校を除いて、何らかのこだわりを持つことはない。正規の学生、教授、本、黒板、チョークなど何世紀も生き延びて来た。

しかし技術革新の時代がやって来て、高等教育やグローバル化に対しての財政支援が減ってしまい、例えば学生が各自のコンピューターでどこでも書籍を閲覧できるようになると、大学は図書館を持たなくなるであろう。更に、授業が無くなって、適応性に富み、双方向性のコンピューターでの教育がそれに取って代わることになるであろう。

講義は少数の世界的権威の教授が世界中から距離を超えて発信するようになる。生物学的個体識別技術の発展により、試験も大学キャンパスで行なわなくてもよくなり、教育をアシストするコンピューターにより即座に採点される。大学は年を通して開かれ、学部とか終身雇用という事が、財政上の理由で無くなる。大きな州立大学は政府からの財政援助の減少により、多くの場合寄付金が足らない状態の殆ど私立に近い機関になってしまう。また世界で最も有名な大学によるオンラインによる授業コースに基づいた試験を考案する営利団体が作られ、コース終了の証書が与えられるようになるであろう。

恐ろしいことに,多分、生徒間や教授達の顔を突き合わせての交流が無い事は教育経験を次第に失わせていくことになるのであろう。しかし今現在、年間10000ドルから50000ドルする授業料のことを考えると、裕福な家庭以外の人々はその方向性に賛同するであろう。もっともダメージが大きいのは金持ち層と貧乏層の格差が益すます広がる事である。金持ちの子供達は生き残れるように管理された最良のキャンパスのある大学に通い、貧乏人の子供はコンピューターによる選別教育に格下げされるであろう。

現在においてさえ、子供の将来の教育水準は親の教育水準で予測できる。
技術そのものはいい。しかし大切なのは技術を教育を良くするように利用することであり、高等教育に害になるようなことには用いない事である。
これには国のリーダー達が研究に投資することは莫大なリターンを産む事を認識する必要があり、州のリーダー達が高等教育をサポートすることにより、莫大な報酬をえられることを認識すべきである。大学のリーダーにも教育のコストをうまくコントロールすることが要求される。
また大きな大学では研究と教育が強調されるが、そのバランスやアカデミックな活動と大学間で行なわれている様々な野球、バスケ、フットボールなどの対抗競技とのバランスを再考すべきである。

私が大きな宇宙産業の社長になった時、ベルリンの壁は崩壊した。6年以内に企業の40%の人員とその会社の4分の3が無くなるであろうと聞かされた。そんなことありえないと思ったが、実際そのようになった。

現在の日本でも昔の(我々時代の)学生生活と同じように漠然と大学生活を送った学生は就職が難しい。目的を持って何を将来したいかを考えて学生生活を送る必要がある。昔の様に、大学は教養を身につけたり、将来役に立つような事を学ぶのではなく、より実践的に役立つことを学ぶように変わって来ている。しかし政府の対応はあまりにも遅い。日本の経済事情の悪さから、家庭の財政的余裕も無くなり殆どの学生は奨学金をもらい学生生活をやりくりしている。大学を卒業する頃には莫大な借金を抱え込むことになる。人によっては7−800万近い借金を抱え込み、返して行かなくてはならない。就職ができればまだしも、就職できなければ借金を返し様がない。政府は公共事業ばかりではなく、もう少し高等教育に対し資金を導入し、若者達のスキル上達への訓練を補助するとか、奨学金の返済を大幅に免除するとかすべきであろう。教育あっての日本の将来なのだから。


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